クラシック音楽 ブックレビュー


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2014年12月02日

◇「モーツァルト」(礒山 雅著/筑摩書房)


書名:モーツァルト

著者:礒山 雅

発行:筑摩書房(ちくま学芸文庫)

目次:第1章 生涯
     第2章 「貧しいモーツァルト」というフィクション
     第3章 最後の年一七九一年(1)―開かれた扉
     第4章 最後の年一七九一年(2)―終息に向けて
     第5章 伝記はどう作られたか
     第6章 自分でつけた作品目録
     第7章 歌曲に秘められたドラマ
     第8章 オペラにおける人間描写―フィオルディリージの場合
     第9章 発展する交響曲
     第10章 モーツァルトとバッハ
     モーツァルトを知るための15曲

 モーツァルトに関する書籍は、クラシック音楽の書籍の中で最も多いのではなかろうか。それだけ、クラシック音楽ファンにとっては、モーツァルトの存在は大きなものと言えよう。逆に、モーツァルトの書籍が多いので、その中のどの書を読めばいいのか、選択に戸惑ってしまう。それらは、モーツァルトの年代に沿って活動を紹介していく形式の書が一番多いのではなかろうか。さらに、作品の分析に重点を置く書、CDに収められた演奏比較の書なども多いと思う。ちくま学芸文庫の一冊として発刊された「モーツァルト」(礒山 雅著、筑摩書房)は、著者の「モーツァルト=二つの顔」(講談社選書メチエ)の文庫本化に際し、新たにモーツァルトの生涯を辿った章を付け加えて発刊された。このことによって、携帯しやすい文庫本化が実現したうえに、モーツァルトの生涯から始まって、作品の分析・比較、作品目録、そして厳選15曲のとそれらの推奨CD・DVDの紹介に至るまで、モーツァルトの全てが収められた書籍が完成することになった。これはモーツァルトを1冊で知りたいという人にとっては最良の書となろう。

 「第2章『貧しいモーツァルト』というフィクション」では、学生の間に「貧しいモーツァルト」というイメージが定着していることに筆者が驚くことから始まる。そしてモーツァルトの「モーツァルトのふところ具合」の詳細な検討へと進んで行く。メイナード・ソロモンが推定した結果によると、モーツァルトの年収は、1784年をピークに減少の傾向を示し、1788年から1790年に掛けて低迷した後、最後の年に著しく上昇しているという。つまり、作品を多産した年の収入が減ることの謎解きから分析が進んでいく。モーツァルトの生活は、全体に優雅なもので決して貧困にあえいでいたわけではないようなのである。どうも浪費癖があったようで、このことが一般に「貧しいモーツァルト」イメージとなったらしい。要するに常に借金しては返し、また借金を繰り返す生活をしていたらしい。そこには金銭感覚に疎い芸術家の姿が浮かび上がる。さらに驚いたことにモーツァルトは、当時流行った「ファラオ遊び」というトランプの賭けに熱中していたようだ。これにより“モーツァルト・ギャンブラー”説も持ち上がる。

 「第3章 最後の年一七九一年(1)―開かれた扉」と「第4章 最後の年一七九一年(2)―終息に向けて」の2つの章は、モーツァルトが死を迎える1年の間にに書かれた作品の分析に当てられている。筆者は言う。「モーツァルトは、成功したいという望みを長年にわたって抱き続けた人である」と。その証拠に「彼の手紙には、成功への願望が、どれほど頻繁にあらわれることだろうか」とモーツァルトの成功願望の強さを強調する。ところがモーツァルトは最後の年を迎える頃になると「そんな成功へのこだわりを捨てたように見える。捨てたというのが言い過ぎであれば、彼は成功をもっと広い視野で捉えるなったと思われる」ようになって行く。「成功を人に向けて考えるのではなく、純粋に音楽に向けて、あるいは音楽の神様に向けて考えるようになったと、私は言いたい」と結論付ける。筆者は、このことが結実した作品の一つが、モーツァルトから肩の力が抜け、穏やかで幸福感に満ちた変ロ長調のピアノ協奏曲第27番であると指摘する。なるほど、ピアノ協奏曲第27番を思い起こすと、何かこの世のものとも思われない、天上の音楽でも聴くような雰囲気がする。

 「第6章 自分でつけた作品目録」では、モーツァルトがその後期に、自分の作品目録である、通称「自作品目録」をつくった経緯が詳細に紹介される。また、モーツァルトの父レオポルドも「この12歳の子供が7歳時以来作曲した全作品の目録」を作成している。そして、1862年にケッヒェルにより、「ヴォルフガング・アマデ・モーツァルトの全作品の年代順主題目録」が刊行される。さらに、研究が進むにつれて改訂版が発刊され、アインシュタインにより、617a=356というような二重番号制を採用した改訂版が発刊される。そして現在においては、1964年のケッヒェル第6版に辿り着く。話はこれで終わりではなく、さらにザスラウにより「新ケッヒェル」の編纂が行われているという。作品目録一つとってもモーツァルトの研究は、大きなドラマがその背後に控えているのだ。さらに同書では、モーツァルトの書いた歌曲、オペラ、交響曲、そしてモーツァルトとバッハの詳細な分析が行われ、読者は「なるほど、そういうことだったのか」と納得させられ、思はず同書に釘付けになることであろう。そして最後に「モーツァルトを知るための15曲」が掲載されている。ここでは、知る人ぞ知る的なCD、DVDも紹介され興味深い。また、同書には、詳細な人名索引と楽曲索引が付けられているので辞書的な活用も可能だ。(蔵 志津久)

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