クラシック音楽 ブックレビュー


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2011年9月07日

◇小宮正安著「モーツァルトを『造った』男」(講談社現代新書)


 

 モーツァルトの曲目が紹介されている個所に必ず表記されているのがK(ケッヘル)という番号である。モーツァルトの作品には必ず付いているので、通常当たり前のこととして、このケッヘル番号だけが話題になることは滅多に無い。そうなるとケッヘルとは何かということを、改めて切り出すことは、何か気恥ずかしくて人に言えない。そうなると、ますます話題になることも無くなり、ケッヘルとは何かという謎が残ったまま、いつまで経ってもすっきりしない。

 そんな中、「ケッヘルとは人の名さ」と誰か言うと、皆は「そうだそうだ、モーツァルトの作品に通し番号を付けた昔の人の名だ」ということになって、ここでもそれで一件落着してしまう。ケッヘル、つまりルートヴィヒ・フォン・ケッヘル(1800年-1877年)という人は、どんな人で、何故モーツァルトの作品に通し番号を付けたのか、という根源的な謎は残ったままになるのだ。そんな謎を解き明かしてくれる本が「モーツァルトを『造った』男」(小宮正安著)なのである。
 
 では「モーツァルトを『造った』男」の「造った」とはどういう意味なのであろうか。筆者は次のように解説する。「日本語では“つくる”という意味に対し、いくつかの漢字を当てはめられる。ほんとうはケッヘルを指して、『モーツァルトを“創った”男』と言えればこれほどカッコイイものはない。だが、ケッヘルはけっして創意の人ではないのだ。モーツァルトなりベートーヴェンなりフックス(ウィーンの宮廷楽団で活躍したバロック時代の音楽家で、ケッヘルはこのフックスの研究家としても知られる)なり、あるいは自然なりが創造したものをフォルムとしてまとめ提示することに長けた才能。となればケッヘルはあくまで、『モーツァルトを“造った”男』なのだ」と。

 この本の優れた点はいろいろあるが、特にハプスブルグ帝国の絶頂期から消滅までを、ケッヘルの辿った足取りにあわせて、読者に噛み砕いて解説する行は特に素晴らしい。味気の無い歴史教科書などを読むよりは数段面白いし、歴史が頭に入ること請け合いだ。例えば、メッテルニヒ体制の台頭と同時に、私的な教養人のサークルとしてのビーダーマイアー文化やディレッタントと呼ばれる集団が消滅の道を辿ったことが詳細に紹介されている。そして、ウィーンを中心としたハプスブルグ帝国が時代に翻弄され続け、ドイツが歴史の表舞台に姿を現す一方、その姿を消滅させて行く過程が、この本では歴史小説を読むように書き進められる。

 モーツァルトは、今でこそクラシック音楽界にあっては別格扱いであるが、モーツァルトの死後しばらくは、忘れ去られた存在と言っては言いすぎであるが、必ずしも評価は高くなかった。そのこともあり、モーツァルトの直筆の楽譜は散逸し、当時作品の全体像を見渡すことは不可能であったのだ。それをケッヘルが逸早く収集し、作品順に番号を振っていった。このことがケッヘルの名を不滅のものにしたのだ。

 ケッヘルは、個人的趣味で岩石の収集を行っていた。収集した岩石は、種類別や採取場所などで分類、整理され、現在まで残されているという。要するにケッヘル自身、ケッヘルが生きていた時代の文化潮流であるディレッタントの一人と言ってよかろう。現在で言うと趣味人である。それも玄人はだしの趣味人であったのだ。このことがモーツァルトの全作品に通し番号を付ける時に大いに役立った。

 さらに、ケッヘルは、モーツァルトの作品を整理する時に、カードにデータを書き込み、これを基にして通し番号を付けたという。現在、広く使われているカード式整理法を、ケッヘルは当時独自に編み出したのだという。この考えは、突き詰めるとコンピューター処理的発想に行き着く。こうやって見ると、ケッヘルは単にモーツァルトの全作品に番号を初めて振った人という以上に、当時考え得る最善の情報処理を駆使したからこそ、歴史に名を残すことになったケッヘル番号を完成させることができたと言うことができよう。

 モーツァルトは、クラシック音楽史上、現在最も多くの人々に愛されている作曲家の一人であるが、ケッヘル番号の謎解きをすることによって、より深くモーツァルトの音楽を理解することができ、愛着も一層深まることにつながる。そのとき、この本「モーツァルトを『造った』男」が、あなの最善の伴侶になることは間違いないことである。なお、巻末に一覧表として「ケッヘルが『確定』した626の楽曲」(K1ピアノのためのメヌエットとトリオト長調~K626レクイエム)が13ページに渡り掲載されているので何かと便利であることを申し添えておこう。(蔵 志津久) 

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