クラシック音楽 ブックレビュー


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2013年4月29日

◇「ワーグナー ~作曲家◎人と作品シリーズ~」(吉田 真著/音楽之友社)


書名:ワーグナー ~作曲家◎人と作品シリーズ~

著者:吉田 真

発行所:音楽之友社

発行日:2005年1月5日第1刷発行

目次:<生涯篇>

演劇少年──ライプツィヒとドレスデン(1813~1833)
新米指揮者──ヴュルツブルク、マクデブルク、リガ(1833~1839)
野心家──パリ(1839~1842)
宮廷楽長──ドレスデン(1842~1849)
おたずね者──チューリヒ(1849~1858)
逃亡者──ヴェネツィア、パリ、ビーブリヒ、ウィーン(1858~1864)
王の賓客──ミュンヘン、トリープシェン(1864~1871)
祝祭の演出者──バイロイト(1871~1879)
巨匠──ヴェネツィア(1880~1883)
補章 その後のワーグナー家とバイロイト祝祭

<作品篇>

1.《さまよえるオランダ人》
2.《タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦》
3.《ローエングリン》
4.《トリスタンとイゾルデ》
5.《ニュルンベルクのマイスタージンガー》
6.《ニーベルングの指環》:《ラインの黄金》《ヴァルキューレ》《ジークフリート》《神々の黄昏》
7.《パルジファル》

<資料編>

作品一覧
ワーグナー年譜 

 今年はワーグナー(1813年~1883年)の生誕200年に当たる年なので、ワーグナーについての書籍を読みたいと思って探してみると、あるわ、あるわ、ワーグナーについての書籍は、膨大にあり、一説によると一人の人物の書籍の種類では、ゲーテに次いで世界第2位になるのだという。書店で見てみると、流石にそう多くは置かれてはないが、それでも、その置かれた書籍は、あたかも学術論文みたいに、ちょっと見ても目がくらくらするほど難解な内容であることが分かる。そう言えば、ワーグナーは、ショーペンハウエルに憧れ、ニーチェとも親交を結ぶ(後にニーチェの方がワーグナーから去って行った)など、晩年に向かうほどその歌劇(楽劇)の内容は、深遠なものとなり、一筋縄ではいかない難物であるのだから、その書籍が難解になるのはしょうがないとは思うのだが・・・。そこで、この際は、ワーグナーという人物を理解でき、ついでにその作品の概略が簡単に解説してある書籍はないものかと、さんざん探してみた結果、最後に行き着いたのが、この「ワーグナー ~作曲家◎人と作品シリーズ~」(吉田 真著/音楽の友社)であった。

 一部の熱烈なワグネリアンならともかく、一般の日本人のリスナーにとって、ワーグナーという作曲家の名前は知っていても、その歌劇(楽劇)の内容を理解することは難しいし、まして、その話のストーリーがどうなっているは、分からずじまいであることがほとんどであろう。このことは、第二次世界大戦という歴史の重みも大いに重なってくる。第二次世界大戦後の日本は、反戦平和が国是みたいになっていたわけで、ワーグナーはナチスドイツが、国家意識の発揚に利用したということもあり、どうもしっくりと耳に馴染まなかったという不幸な歴史的背景もあった。それと、今でこそ、ワーグナーの作品は、人気テノールのフォークトなどが来日して、本場の雰囲気で聴く機会も多くなったが、昔はそう簡単にワーグナーの作品を生で聴くチャンスはなかった。ショルティなどが演奏したレコードも話題となったこともあったが、レコードでは、今なら当たり前になった日本語の字幕を見ることができず、そのストーリーを追うには、活字で読むという努力を必要とした。そんなこんなで、その名は広くが知られているワーグナーではあるが、現在、その人物像および作品内容の理解が十分に浸透しているとは言い難いのではなかろうか。何しろ、ドイツのバイエルン州で毎年行われるバイロイト音楽祭に申し込んでも10年待たねばチケットを入手できないというのだから(小泉元首相はバイロイトに聴きに行ったそうであるが、10年待ったというより、やはり首相特権だったのでしょうね)。

 そんな時に役立つのがこの本だ。ワーグナーの生い立ちから、どのような経緯で後年の歌劇(楽劇)の作曲に至ったのかが、誰でも分かる文章で、年代を追って書かれている。そのため、読者はまるでワーグナーの時代にタイムスリップしたかのように、ワーグナーのごく真近で、刻々と変わるワーグナーの運命を目の当たりにすることができるのだ。ワーグナーが何故、歌劇(楽劇)にのめり込んでいったのか。この本でも書かれているが、やはりベートーヴェンの存在が大きいことが推測される。ワーグナーも初期の頃、交響曲を1曲書き、2曲目は、未完に終わっている。もし、ベートーヴェンが交響曲を作曲せず、歌劇の名作を大量に生み出していたら、ワーグナーは歌劇には目もくれず、交響曲の作曲に没頭したのではなかろうか。この本から感じられるワーグナーの性格からすると、そんなことも感じさせてくれる。ワーグナーは、もともとプロレスタントであり、当時の国王からは、革命家として跡を狙われてもいたことなどもこの本で紹介されている。つまり、ワーグナーは、ナチスドイツが勝手につくり上げたような国粋主義者ではなく、ヨーロッパ人の心の拠り所としてぃた古代ギリシャ精神への回帰という精神面が大きかったのだ。

 この本は、全体が生涯編、作品編、それに資料編の3つに分けられている。生涯編は、生まれてから死ぬまでのワーグナーが辿った作曲家人生に関して、誰にでも理解できる平易な文章で綴られており、一気に読み進むことができる。特に、ワーグナーが死んだ後から現在に至るまでの経緯が「補章 その後のワーグナー家とバイロイト祝祭」としてまとめられているので、現在とのつながりが理解できて便利だ。読み終わってみると、これまで遠くに感じられたワーグナーの音楽が、ぐんと身近に感じられるから不思議だ。このため、ワーグナーの食わず嫌いなリスナーにとっては、ワーグナー生誕200年に当たる今年、是非読んでほしい本であるし、一方、熱烈なワグネリアンには、ワーグナーの一生についての恰好のおさらいのための書物となろう。次の作品編は、ワグナーをこれから知りたいリスナーにとっては誠にありがたいページだ。というのは、たった、42ページに「さまよえるオランダ人」から「パルジファル」までの11作品のあらすじが、コンパクトに紹介されているからだ。これだけ読めばワーグナーの作品について、いっぱしのことは言えるようになること請け合いだ。そして、最後にワーグナーの作品一覧と年譜が付けられている。ワーグナーというと、何か難しくてとっつきにくいと感じているリスナーにとっては、これ以上の書物はないであろう。(蔵 志津久)

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