クラシック音楽 ブックレビュー


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2013年3月07日

◇「人生が深まるクラシック音楽入門」(伊東 乾著/幻冬舎新書)


書名:人生が深まるクラシック音楽入門

著者:伊東 乾

発行:幻冬舎

目次:序章 クラシック音楽のある生活
    第1章 クラシック音楽とは何か
    第2章 美しい響きを創造する~西洋音楽の歴史<バロック・古典派篇>
    第3章 キリスト教からの解放~西洋音楽の歴史<ロマン派・国民楽派篇>
    第4章 レコーディング時代の音楽とは~西洋音楽の歴史<印象派から現代音楽へ>
    第5章 楽器のあんな歴史、こんな音色~オーケスト編成と器楽法
    第6章 音楽、どこで聴きますか~生演奏と録音の話
    第7章 音楽は誰が作るのか~指揮者と演奏者の話
    終章  歌うクラシックのススメ

 
 クラシック音楽リスナー入門者にとって大切なことの一つは、順序立てて聴くこと。易しい曲、短い曲から聴き始めて、徐々に難しい曲、長い曲に向かうと、スムーズにクラシック音楽ライフをエンジョイすることができる。これは、絵画でも同じことが言えるのではないか。いきなり、ピカソの絵を見せられ、「ピカソは偉い絵描きだ。何処がいいのか言ってみろ」と言われても、多くの人は困惑する。心に中では「ピカソの絵が何処がいいのかさっぱりわからない」と思っても、口に出しては言わないだけだ。ピカソの描く絵は何故ああなったのかは、美術史の長い歴史を振り返って、その時代々の背景を探っていくと徐々に分かってくるのだ。ローマ・カトリック時代の絵とプロテスタント時代の絵はおのずと違う。ルネサンス時代とバロック時代の絵も違う。印象派の時代の絵は、我々にはお馴染みで、誰でも分かると思うが、もし、ローマ・カトリック時代に生きた人が印象派の絵を見たら多分「あんなぼんやりとした輪郭の絵の何処がいいか分からない」と思うのではなかろうか。そんなわけで、クラシック音楽の歴史を振り返り、その時代に流行った音楽を聴き、現代まで辿るのが、クラシック音楽を理解する一番の早道だ。

 これまでクラシック音楽史の本は無数に発行されているし、楽聖物語みたいな読み物も数多い。しかし、いずれも、クラシック音楽リスナーからすると“欠点”を持っているのだ。多くのクラシック音楽史の本は、音楽学校の学生が学ぶにはいいだろうが、リスナーからすると、無味乾燥な部分が多く、さらに難解な記述も少なくない。一方、楽聖物語的な本は、「ベートーヴェンが月の光を見て、月光ソナタを作曲した」的な記述が多く、つい「それがどうした」と言いたくなってしまう。リスナーが知りたいのは、「現代音楽って聴いてほんとにいい曲と思うの」という答えだ。ピカソの絵と同じに「あなたは、シェーンベルクの音楽を聴いて感動するのですか」と問うてみたいし、「感動する」という人に、シェーンベルクのどこがいいのかの解説も聞きたい。こんな観点からクラシック音楽の解説書を探してみると、ほとんどない。何故か、ないのである。これでは、健全なクラシック音楽リスナーは育つはずはない。健全なクラシック音楽リスナーが育たなければ、日本のクラシック音楽界も発展しない。こんなことを考えてたところに「人生が深まるクラシック音楽入門」(伊東 乾著/幻冬舎刊)を見つけ、読んでみた。

 この本は、クラシック音楽の入門者向けの本ではあるが、通常の入門者向けの本とは少々違う。楽理の解説本でもなければ、作曲家のこぼれ話の本でもない。クラシック音楽を歴史に沿って書いてあるのではあるが、何故その時、こういう音楽が生み出されたのかが平易にかいてあるのだ。例えば、「『古典』音楽の中に『古典派』がある?あらためて考えると不思議ですね」と書いてある。確かに、クラシック音楽は古典音楽であり、その中の古典派ってなんだ、と問えわれると答えに窮する。ここから古典派の名付け親の追跡が始まる。このような筋道でクラシック音楽を解説してもらえると、クラシック音楽リスナーは、苦も無く、これまで恥ずかしくて誰にも訊けなかった疑問の答えに行きつくことができるのだ。今、書店には「今さら訊けない・・・」という本が多いが、この「人生が深まるクラシック音楽入門」は、さしずめクラシック音楽版「今さら訊けない本」なのかもしれない。つまり、入門者向けに書かれていても、実は、クラシック音楽通を自認するあなたが、こっそりと読む本なのかもしれないのだ。

 この本の特徴は、「古典派」のような、分かっているようでも、実は分かっていないテーマの解説が随所に出てくることだ。「ゴシック建築の教会は、あまりにも広くて天井が高いので、それまでのロマネスク建築ほど声が響きません。風呂場で単旋律を『あ~』と唸っていたら、いきなりドーム球場のど真ん中引っ張り出されたとでも思ってください」とある。何のことだと読み進むと、このことが、「人工的なエコーづくり」に繋がり、ポリフォニー音楽へと発達を遂げたというのだ。通常のクラシックの音楽の本には、モノフォニーとポリフォニーの話は出てくるが、それが何故生み出されたかは書いていない。実はその背景には建築技術の発達が隠されていたのである。これならよく分かる。この本は、筆者による口述筆記を原稿にしたもであり、通常の書籍とは少々異なるかもしれない。例えば、分量が多い(新書版で267ページ)ので、全てをそう簡単には読み終えることができない。まあ、何回かに分けて、講演会でも聞いている気分で読めばいいと思う。巻末に付いている「50年楽しめるリスニングガイド」(「是非ライブで聴いてほしい作品12曲」「録音でも味わい深い作品127曲」)は、大いに参考になる。(蔵 志津久)

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