2015年2月13日
書名:名曲誕生~時代が生んだクラシック音楽~
著者:小宮正安
発行:山川出版社
目次:第一章 ルネッサンスからバロックへ ー「個」の誕生と絶対君主の君臨ー
1 オルフェオ モンテヴェルディ作曲(1607年)
2 怒りの日 リュリ作曲(1683年)
3 コーヒー・カンタータ バッハ作曲(1732~1734年)
4 フルート・ソナタ フリードリヒ二世作曲(18世紀)
第二章 フランス革命ー市民階級の目覚めと伝統への反逆ー
5 トルコ行進曲 モーツァルト作曲(1784年以前)
6 戦時のミサ曲 ハイドン作曲(1796年)
7 ウェリントンの勝利 ベートーヴェン作曲(1813年)
8 幻想交響曲 ベルリオーズ作曲(1830年)
第三章 王政復古ー政治的抑圧と超絶技巧への熱狂ー
9 ラ・カンパネッラ パガニーニ作曲(作曲年不明)
10 ピアノ協奏曲ハ長調 チェルニー作曲(1827年頃)
11 シチリア島の夕べの祈り ヴェルディ作曲(1855年)
第四章 ナショナリズムの高揚ー愛国心の芽生えと民族運動ー
12 幻想的ワルツ グリンカ作曲(1856年)
13 モルダウ スメタナ作曲(1874年)
14 大学祝典序曲 ブラームス作曲(1880年)
第五章 世界大戦ー世紀末のはなやぎと産業革命の影ー
15 交響曲第六番 マーラー作曲(1903~1904年)
16 ピアノのための組曲 シェーンベルク作曲(1921~1923年)
17 ボレロ ラヴェル作曲(1928年)
第六章 クラシックの終焉ーアメリカの台頭とワールド・ミュージックー
18 ジャズ組曲第二番 ショスタコ-ヴィチ作曲(1950年代)
19 ロビン・フッドの冒険 コルンゴルト作曲(1938年)
20 トゥーランガリラ交響曲 メシアン作曲(1946~1948年)
芸術であれ、技術であれ、政治であれ、その歴史的背景なくしては、真実の姿は現れてこない。しかし、その歴史的背景を後世の人々が脚色してしまい、真実とは程遠いことが伝えられることだって珍しくはない。例えば、明治維新は、薩長同盟が古い幕府政治を打ち破り、海外に開かれた新政府を樹立した、と今の人は固く信じている。ところが、事実はそう簡単な話ではないのである。幕府は、幕末の頃には、広く海外に開かれた政治を模索していたし、民主的政治体制の案も検討していた。逆に討幕派は尊皇攘夷を旗印としていたわけで、ある意味で鎖国主義者であったのだ。ところがいつの頃からは知らないが、このことがあべこべになってしまった。
また、第二次世界大戦後、日本は奇跡の復興を遂げたということがよく喧伝されるが、これだってよく考えてみると、戦争で失われたGDPが元に戻ったにすぎなかった、という見方もできる。だから、戦後の日本が良くて、今の日本は閉塞感に満ちている、というような論法には要注意だ。こよほどさように、歴史の真実を見極めることは難しい。ここに時代背景をよく調べる必要性が出てくる。絵画については、歴史的背景、すなわち描かれた時代の政治や歴史とは別のものであると考える方が無理がある。抽象的絵画を除き、絵の題材は、その時々の政治や歴史を描き込んでいるからだ。ところが、音楽となると、政治や歴史との関係がどうも靄がかかり、分かりにくくなる。そんなこともあり、これまで真正面からクラシック音楽とその歴史的背景を論じた書籍は、あまり多くはなかったのが現状である。
そんな空白を埋めてくれるのが、「名曲誕生~時代が生んだクラシック音楽~」(小宮正安著/山川出版社)である。全体が時代順に6章に分けられ、全部で20曲のクラシック音楽の名曲が、その時代背景の下、どのような経緯で作曲されたかが詳しく分析・紹介されている。これだけ読むと、何かクラシック音楽の学術書を思い浮かべるが、この書の内容は、その曲を何となく聴いたことがある程度の読者でも、充分に気軽に読むことができるように配慮されている。このため、全20曲を聴いたことがない人でも、歴史書として読み進めることができるのだ。また、そんな読者を想定して、この書のテーマとなっている20曲のうち、14曲が収められたCDが付録として付けられている。この書のあとがきで、著者の小宮正安氏は「・・・西洋クラシック音楽からヨーロッパの歴史を改めて眺めるという作業にも、それなりの意味がある。またそのような視点から歴史と音楽を捉えることで、作品やそれらを生み出した作曲家がいかに時代の申し子であり、さらには彼らがどのように時代に影響を与えられたのかというテーマを主軸に、書かれた・・・」と同書の狙いについて書いている。
クラシック音楽とは、すなわち西洋音楽であり、我々東洋人としては、どうしても解説書がほしくなる。しかもその内容は、音楽学の分析でなく、また、曲そのものの感想でもない、歴史的背景から分析した書籍がほしい読者には、同書は打って付けだ。例えば、第二章 フランス革命ー市民階級の目覚めと伝統への反逆ーの中で、この書の7番目の曲として「ウェリントンの勝利 ベートーヴェン作曲(1813年)」が出てくる。「こんな曲をベートーヴェンが作曲したなんて知らない」という読者もいれば、「曲名ぐらいは知っているが、聴いたことはない」という読者もいるだろう。この曲は、ベートーヴェンの生前には人気曲(名曲)であったにもかかわらず、死後、徐々に「駄作」とのレッテルを貼られ、今では演奏される機会も少ない。ベートーヴェンを神様と思っている人にとって、ベートーヴェンに「駄作」があったこと自体が驚きでだ。しかし、そんな「駄作」が作曲時には何故人気曲(名曲)だったのか?それを解くカギが「ウェリントンの勝利」というタイトルにある。ウェリントン侯爵アーサー・ウェルズリー率いるイギリス軍が、ナポレオンの兄が率いるフランス軍を撃破した時の話で、この時の勝利の演奏会で演奏されたのがこの曲だったのだ。聴衆は音楽そのものより、勝利の美酒に酔った演奏会で聴いたから、名曲に聴こえた?のかもしれない。この書では、全部で20曲について、このような作曲時の時代背景が詳しく、しかも平易に分析・紹介されている(蔵 志津久)