クラシック音楽 ブックレビュー


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2013年9月18日

◇「 ヴェルディ ―オペラ変革者の素顔と作品―」(加藤浩子著/平凡社)


書名: ヴェルディ ―オペラ変革者の素顔と作品―

著者:加藤浩子

発行日:2013年5月15日 初版第1刷

発行所:平凡社(平凡社新書)

目次:まえがき──「神話」や「伝説」からの脱出

   序章 ヴェルディ、その「完璧」なる人生

   [第一部 人間として作曲家として]

   第1章 宿屋の息子──家系と家族
   第2章 人生の同志──二番目の妻ジュゼッピーナ・ストレッポーニ
   第3章 事業への意欲──農場主ヴェルディ
   第4章 「憩いの家」と病院の建設──慈善家ヴェルディ
   第5章 「建国の父」という神話──祖国統一運動とヴェルディ
   第6章 「泣けるオペラ」の創造──作曲家ヴェルディ
   第7章 作曲家の覇権の確立──劇場人ヴェルディ

   [第二部 現代に生きるヴェルディ]

   第8章 ヴェルディ上演の現在
   第9章 今聴きたいヴェルディ歌手・指揮者
   第10章 イタリア人名演奏家・芸術監督、ヴェルディを語る

   [第三部 ヴェルディ全オペラ作品]

   プレリュード──ヴェルディ・オペラの楽しみ方
   第11章 群衆ドラマと心理劇の間で──前期作品 オベルト~レニャーノの戦い
   第12章 メロディとドラマの融合──中期作品 ルイーザ・ミラー~ラ・トラヴィアータ
   第13章 壮大なる葛藤──後期作品 シチリアの晩鐘~アイーダ
   第14章 シェイクスピアが開いた新しい道──晩期作品 オテッロ~ファルスタッフ
   第15章 オペラ以外の代表的作品 レクイエム~その他の作品

   音楽用語解説

   あとがき

 ヴェルディ(1813年10年10日―1901年1月27日)は、今年(2013年)生誕100年を迎えた。そしてワーグナー(1813年5月22日―1883年2月13年)と同じ年に生まれたことは、この記念となる年になるまで、私は気づかなった。ヴェルディが87歳という天寿を全うしたのに対し、ワーグナーは、ヴェルディの半年ほど前に生まれ、69歳で世を去っている。ワーグナーは、ギリシャ悲劇に題材を求め、楽劇を創作し、現在の今でも毎年開催されるバイロイト音楽祭で何かと話題を振り撒いているので、比較的情報は入手しやすい。それに対してヴェルディは、我々日本人にお馴染のオペラ「椿姫」の作曲者であり、作品自体もメロドラマのような日常生活にテーマを取ったものが多く、ワーグナーより情報が入手しやすそうに見えるが、事実はその逆で、「ヴェルディって誰?」「どんな生涯を送ったか知っている?」と問われても、オペラファンでもない限り、なかなか簡単には答えられない。そこで1冊でヴェルディに関する全て、つまり、その生涯から、全作品までを網羅し、しかもコンパクトにまとまった書籍を探したのであるが、なかなかいい書籍が見つからず、焦っていたところ、書店で新書版のこの書、加藤浩子著「ヴェルディ―オペラ変革者の素顔と作品―」(平凡社新書)を見つけ、早速購入し読んでみた。新書版というと手軽に読めるイメージがあるが、この書は296ページもあり、ヴェルディの生涯から、1曲1曲の作品紹介まで網羅され、読み終わった印象は、1冊の単行本と変わりなかった。と言っても、読みやすさは文字通り新書並みであり、内容の深さについては単行本といったところが正解か。

 全体は、3部構成となっている。「第一部 人間として作曲家として」はヴェルディの生涯がオペラを見るかのごとく語られ、一気に読み進めることができる。「第二部 現代に生きるヴェルディ」の「第9章 今聴きたいヴェルディ歌手・指揮者」では、現在のヴェルディのオペラが上演される際の代表的な歌手たちの寸評が載せられている。この辺は、単なる学者としての立場というより、ヴェルディの一オペラファンとしての著者:加藤浩子氏の経験が生きており、一人一人の歌手が生き生きと描かれている。続く、「第10章 イタリア人名演奏家・芸術監督、ヴェルディを語る」では、バリトン歌手のレオ・ヌッチ、指揮者のミケーレ・マリオッティ、それにフェニーチェ歌劇場芸術監督のフォルトゥナート・オルトンビーナの3氏に、筆者の加藤浩子氏が直接インタビューした記事が掲載されている。この部分は、差し詰め音楽ジャーナリストとしての活動の記録といったところか。そして最後の「第三部 ヴェルディ全オペラ作品」では、文字通りヴェルディの全オペラ作品が、あらすじ、聴きどころ、背景と特徴とが、それぞれコンパクトに紹介されており、辞書的な使い方もできるようにもなっている。これだけでも1冊の本になりそうな気もするほどである。この辺になると加藤浩子氏の編集者としての仕事のようにも感じられる。さらに、この後に1ページ半ながら「音楽用語辞典」が添えられているのがありがたい。よく聞く用語であるが、説明に窮することも少なくない。そんな時に便利なものだ。

 つまり、この書の特徴は、新書版であるにも関わらず、1冊でヴェルディの全てが網羅されていることに尽きる。これ1冊読んでおけば、ヴェルディについて、いっぱしのことを言えるようになること請け合いだ。筆者の加藤浩子氏は、東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学大学院修了(音楽史専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学に留学。大学講師、音楽物書き。著作のほかに、オペラ、音楽ツアーの企画・同行も行う。普通、音楽家に関する書籍は、音楽学者や歴史学者が学術書のように執筆するか、あるいは入門者向けのものがほとんどだ。しかし、ある程度経験のあるクラシック音楽リスナーは、そのような書籍ではなかなか満足できないものだ。つまり、今活躍している演奏家の生の声や曲そのものの解説が欲しくなるが、そんな時に最適なのが、この書なのである。これは筆者の加藤浩子氏が、一音楽学者としてのほかに、ヴェルディの一ファンであり、さらに演奏家にも自らインタビューを行うとといった、マルチな才能に恵まれていることによるものなのであろう。

 ところで、冒頭でヴェルディとワーグナーについて少し書いたが、ワーグナーがクラシック音楽家として並外れた波瀾万丈な人生(危険人物として国家から指名手配も受けている)を送ったのに対して、ヴェルディは、至極真っ当な市民生活を送った。それどころか、何百人の農夫を雇う大農場の農園主として経営者の顔を持つ上に、国会議員として政治家の顔も持っていたというから驚きだ。あれほどの中身の濃いオペラの作品を書くのですら、一人の人間が一生のうちに仕上げるには並大抵のことではない。これ以外に大農園主と政治家の仕事もこなしたというから、やはりヴェルディはただものではないのだ。さらに、ヴェルディは、慈善事業にも精を出し、数百人の上る貧民に施しをし、病院や、音楽家のための老人ホーム「憩いの家」など公共の施設にも出資している。音楽家のための老人ホーム「憩いの家」をヴェルディは「私の最高傑作」と呼んでいたという。このほか、作曲家のための著作権の確立にも尽力するなど、その八面六臂の活躍ぶりには唖然とさせられる。正にスーパーマンである。ヴェルディの死後、遺体が希望通り「憩いの家」の礼拝堂に移されたときには、盛大な国葬が執り行われた。あの大指揮者アルトゥーロ・トスカニーニのもと、スカラ座の合唱団が「行け、わが思いよ、黄金の翼に乗って」を歌い、20万人の人々が集まったという。この意味から、ヴェルディほど幸福な作曲家は、それまでも、そしてこれからもいないのかもしれない。(蔵 志津久)

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