クラシック音楽 ブックレビュー


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2015年8月12日

◇「ショスタコーヴィチ~揺れる作曲家像と作品解釈~」(梅津紀雄著/東洋書店)


書名:ショスタコーヴィチ~揺れる作曲家像と作品解釈~

著者:梅津紀雄

発行:東洋書店(ユーラシア・ブックレットNo.91)

目次:第1章 革命とショスタコーヴィチ(1906~1932)
    第2章 スターリン体制(1932~1941)
    第3章 大祖国戦争(1941~1945)
    第4章 冷戦とジダーノフ批判(1945~1953)
    第5章 雪どけ(1953~1962)
    第6章 晩年(1962~1975)
    第7章 没後(1975~2005)

 ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906年―1975年)ほど、政治に翻弄された作曲者はいないだろう。プロコフィエフ(1891年―1953年)も同じようなもの、とも言えるが、プロコフィエフは早くから国際的な名声を得たため、当時のソ連政府でさえ、そう露骨に圧力を掛けれなかったとも言われている。ソ連政府がその芸術方針を徹底させるための、いわゆるジダーノフ旋風が吹き荒れる中、ショスタコーヴィチと同年代の芸術家の多くが、追放や生命を脅かされ、あるいは、生命を奪われるという悲劇に直面していた。ショスタコーヴィチも批判の矢面に再三立たされてきたが、そのたびに巧みにかいくぐり、作曲家としての人生を全うしたのである。

 例えば、有名な交響曲第5番も、全体にソ連讃歌の基調を滲ませながら、曲の最後には、ソ連政府の戦争政策への批判が込められている、と指摘をする識者もいる。言ってみればショスタコーヴィチは“面従腹背”を武器に、時のソ連政府から高い評価を勝ち取る一方、現在では、ソ連政府に対し、作品の隠された内容で戦った闘士としての側面が、再評価されているようにも感じられる。ショスタコーヴィチの作品の中でも、現在特に評価が高い交響曲と弦楽四重奏曲を、ともに15曲遺したというのも、その裏に何かが隠されているのではと思わせるところが、如何にもショスタコーヴィチらしい。常に何かを隠しながら作品に取り組んだのが、ショスタコーヴィチの作曲家人生だったのではなかろうか。

 この「ショスタコーヴィチ~揺れる作曲家像と作品解釈~」(梅津紀雄著/東洋書店)は、ユーラシア研究所・ブックレット編集委員会による“ユーラシア・ブックレット”のNo.91として発刊されたものだ。あくまでブックレットであるため、小冊子の体裁となっている。しかし64ページにわたりショスタコーヴィチの全生涯とその作品の生まれた背景が、手際よく書かれているので、ショスタコーヴィチの生涯を取りあえず俯瞰してみたいという読者やそもそもショスタコーヴィッチという作曲者はどんな人?という疑問を抱いている読者にとっては、打って付けの書籍だ。最初のページに「ショスタコーヴィチ略年表」が掲載されているので、その生涯と主要な作品が書かれた時期が即座に分かる。ショスタコーヴィチの作品を聴くとき、ショスタコーヴィチ通ではない読者にとって、この年表は手元に置いておけば便利この上ない。それに加え、最後の2ページには、「推薦盤」と「文献ガイド」が掲載されており、これも便利だ。

 ところで、ショスタコーヴィチは、ソ連政府からどのような批判を浴びたのであろうか。オペラ「ムツェンスク群のマクベス夫人」の初演の約2年後の1936年1月28日、共産党中央委員会機関紙「プラウダ」が、「音楽の代わりの荒唐無稽」と題して、無署名論説でこのオペラを批判した、とある。要するに、このオペラは、音楽ではなく、“荒唐無稽な音の流れ”だと言うのだ。続いて2月6日には、バレエ「明るい小川」も「バレエの偽善」として同紙は批判した。オペラ「ムツェンスク群のマクベス夫人」は、レスコーフの小説が原作である。夫が出張中に使用人と内通した主人公の女性が舅に見つかり、舅を毒殺した上に、夫も殺害してしまう。2人はシベリア送りとなるが、ここで使用人は若い恋人をつくる。この結果、主人公の女性は、この若い恋人を道ずれに自殺するという筋書きである。別に取り立てて、批判されるような内容ではないようなのだが、当時のソ連政府にとっては、はなはだ面白くなかったようだ。

 ショスタコーヴィチの交響曲第5番は、そんなソ連政府のショスタコーヴィチ批判を一挙に覆し、ソ連政府はショスタコーヴィチを一躍英雄にまつりあげてしまう。共産党政権下での作曲活動の一大成果であると、西側諸国へ強くアピールすることになる。実は、この曲でのショスタコーヴィッチの本心は、ソ連政策の批判にあったとも知らずに・・・。さらに、ショスタコーヴィチは、レニングラードがドイツ軍に包囲された時の「大祖国戦争」勝利を題材に、交響曲第7番「レニングラード」発表する。この曲は、スターリン賞第一席を獲得。要するに、ショスタコーヴィチとソ連政府は、雪解け状態となって行ったのだが・・・。

 宇野功芳氏は「クラシックCDの名盤~大作曲家篇~」(文春新書)で、次のように書いている。「84歳の現在、好きな作曲者に順位を付けるとすれば、ベートーヴェン、モーツァルト、ブルックナーで4番目に来るのが、ショスタコーヴィチである。・・・ショスタコーヴィチに耽美はない。そこにあるは、“絶望”のみであり、彼は現生の苦しみにのたうちまわり、激しく身をよじらせ、ハラワタが裂けるような凄絶なひびきを鳴らす」。ショスタコーヴィチの戦いの相手は、ソ連政府であったのか、それとももっと大きな何かであったのであろうか。(蔵 志津久)

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