クラシック音楽 ブックレビュー


2011年2月06日

◇大木裕子著「オーケストラの経営学」(東洋経済新報社)

書名:オーケストラの経営学

著者:大木裕子

発行:東洋経済新報社

目次:第1楽章 「のだめ効果」はあったのか 業界の特徴と規模
    第2楽章 「音大生」の投資対効果 オーケストラの人々
    第3楽章 なぜ赤字なのに存続するのか オーケストラの会計学
    第4楽章 オーケストラの経営戦略 外部マネジメント
    第5楽章 指揮者のリーダーシップ 小澤征爾かカラヤンか
    第6楽章 世界的音楽家はいるのに日本に世界的オケがないわけ 

     
 自治体の財政難に伴って、全国で芸術活動への補助金の打ち切りが相次でいる。また、不況を口実に企業が芸術活動を支援する予算の削減を行う傾向も続きそうだ。そうなると、クラシック音楽、その中でもオーケストラを運営することがかなり難しい局面を迎えつつあることは、避けて通れない現実だ。そうなると「自治体はオーケストラに支援を!」「企業もオーケストラに支援を!」というスローガンを、至極当然なことと捉えがちだ。だがまてよ、そもそもこの小さな国土に、こんなにも多くのオーケストラがあること自体が問題なのではないか?と私などは勘ぐってしまう。今、大都市には歯科医院が乱立し、都心ではほんの10メートルも歩くと歯科医院の看板に出くわす。この原因はというと、大学が歯学部の卒業生を大量に排出した結果で、需要があったからではないそうである。つまり、供給過多が原因であり、この結果、歯科医院の経営自体も難しくなっている。

 同じことがオーケストラ経営にも言えるのではないか、などという素朴な疑問に答えてくれるのが、この大木裕子著「オーケストラの経営学」なのである。著者の大木氏は、東京芸術大学を卒業し、ヴィオラ奏者として東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団に入団し、実際の演奏活動の経験がある。その後、一転して経営学の道を目指し、現在、京都産業大学経営学部准教授の肩書きを持つ。つまり、評論家の立場でなく、オーケストラ活動の経験を通して、現在はオーケストラの経営の研究者という、あまり他に例がない立場だ。言ってみれば、サッカーや野球の選手が引退し、サッカー解説者や野球解説者になるのとよく似ており、信頼性は高いものがある。まず、この本で日本にはいったいいくつのオーケストラが存在しているのかを探してみると、「アマチュアオーケストラ(約700)のほかに、日本には日本オーケストラ連盟に所属する23のプロフェッショナル・オーケストラがあり、これに準会員や音楽家ユニオンに所属する団体を加えると、28のプロフェッショナル・オーケストラがあって、約2000人の演奏家を雇用している」そうである。

 東京には、首都圏を合わせると10のオーケストラがあり、これほどたくさんのオーケストラがある都市は他にないといっていいと、同書は指摘する。東洋の小さな島国の首都が、世界でもまれな数のオーケストラを擁している。この点を軸に考えないとオーケストラの経営問題の解決の糸口は見つからない。日本はまだまだ西洋音楽を勉強しなければならないのであるから、決して多くはないとみるか、ヨーロッパの都市以上にオーケストラがあるのは供給過剰、とみるかによって大きな食い違いが生じる。量の問題は別にして、質の問題はどうであろうか?「筆者の経験上、日本のアマチュア・オーケストラのレベルは世界一、といって過言ではないのだ」と大木氏はいう。これでほっとした。しかし、数だけ多くて質の方はさっぱりであったら、やっぱり過剰供給だと一刀両断に切り捨てられるのではあるが、質は世界一といわれると、そうもいえないことになるから、話はややっこしくなる。

 貧乏人である私は、いつもクラシック音楽家のお金の問題について考えてしまう。コンサートで配られる演奏家の経歴をみるとほとんどが4年制大学を卒業し(それも東京芸術大学卒か桐朋学園卒が大半を占めている。これはわが国のクラシック音楽界が稀にみる学閥体制の結果のためなのか、はてまたこれが実力なのであろうか)、海外の音楽学校へ留学し、帰国してからようやくリサイタルを開くケースが多い。リサイタルが好評で元がとれればいいが、聴衆を集められなければ持ち出しで終わりだ。この本には、①3歳からヴァイオリンを始めて、普通高校から大学受験するケース=996万円②大学の納付金=812万円③楽器の費用=1150万円、締めて2958万円という数字が載っている。これに海外留学費が加算される。そして、次の中見出しを見たら「お金を気にしたらわりにあわない」とあった。これで納得。

 また、この本には「なぜ日本には世界的なオーケストラがないのか」という、一瞬ギクッとするような中見出しもある。「日本のアマチュア・オーケストラのレベルは世界一」と断言した筆者はことプロのオーケストラとなると手厳しい。「もともと日本には、教会の響きの中で賛美歌を歌いながらハーモニー(調和・和声)を創っていく習慣がない。そのため、お互いの音を響き合ってハーモニーを創っていく意識がどうしても低くなっているようにみえる」「日本のオーケストラは『職人的だが、創造性高くない』といえるだろう」。御説ご尤もではあるが、私はもう少し日本のオーケストラ弁護したい。多くの団員が教会の響きの中で育っていないのだから、しょうがない。それにしては、実際にコンサートで熱演するオーケストラの演奏を耳よくにする。日本のオーケストラは、ハンディを何とか克服しようと努力していると思う。それにしてもこの本は、オーケストラを、その舞台裏から見た鋭い視点が随所にちりばめられており、日本のオーケストラを語る上で欠かせない本となっている。(蔵 志津久)

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