2012年6月28日
書名:バイオリンの謎~迷宮への誘い~
著者:高橋博志
発行:ヤマハミュージックメディア
目次:第1章 「名器」とはなにか?
第2章 謎に包まれたストラディヴァリの生涯
第3章 バイオリンの歴史は謎ばかり
第4章 名バイオリニストと大作曲家をめぐるミステリー
バイオリンは、人間臭い楽器だ。オーボエなども人間臭い楽器なのだが、何といってもバイオリンは、その出番で他の楽器を大きくリードするから、人間臭い楽器の右代表と言っても文句はなかろう。ピアノなどになると、人間臭さは大きく後退して、機械的な美しい音色に聴き入ったり、まるで打楽器のように大きく、金属的な響きにびっくり仰天することも少なくない。ピアノは、演奏家が機械というものをいかに手なずけ、そしてその機械を身近な楽器に仕立て上げるのかを競っているかのようでもある。
それに比べ、バイオリンは、演奏家の体の一部のようでもあり、演奏家の分身のようでもある。バイオリン一挺を如何に力を入れてもそれほど大きな音は発しない。その代わり、バイオリンの達人が弾く、微妙なニュアンスを持った音色を聴くと、人が発する声のようでもあり、声にならない心の叫びのようでもある。オーケストラの配置を見ても、指揮者の回りにバイオリンなどの弦楽器があり、後ろのほうに管楽器や打楽器が置かれる。その弦楽器の中でも女王の地位にあるのがバイオリンである。
しかし、そんなバイオリンではあるが、私のようなクラシック音楽のリスナーがどれほどバイオリンのことを知っているかと訊かれると、はたと返答に窮してしまう。バイオリンは、いつ頃、誰によってつくられ、今日の形に落ち着いたのか。“ストラディヴァリ”の名前だけは知っていても、いつ頃の人で、何故“ストラディヴァリ”が飛び抜けて有名なのかを、そもそも知らない。そんな人のために最適なバイオリンの歴史を解説してくれる本が登場した。それが高橋博志著「バイオリンの謎―迷宮への誘い」(ヤマハミュージックメディア刊)である。
バイオリンの本と聞くと、バイオリンの弾き方の教科書か、あるいは、難しい楽典の解説書かな、とつい尻込みをしてしまうが、この本はそうではない。極端な話、バイオリンも知らないし、クラシック音楽も知らない・・・人だって、歴史ファンなら誰でも最後まで面白く読み通すことができる。つまり、この本は、ストラディヴァリという天才バイオリン製作者を軸にした一種の“推理小説”と思えばいい。何故“推理小説”なのかというと、ストラディヴァリという人自体が謎の人物であり、何故ストラディヴァリが作製したバイオリンが名器と言われるのかも、現在でも完全には解明なされていないからである。
それでは、最初の疑問である、バイオリンは誰が最初に製作したのか。同書によると候補は、アンドレア・アマティ、ガスパロ・ダ・サロ、カスパール・ティーフェンブルッカーの3人に絞られるが、最終的には、イタリアのクレナモでバイオリン製作をしていたアンドレア・アマティ(1505年以前―1580年以前)だろうということになる。しかし、著者の高橋博志氏によると「アマティが一人でバイオリンを発明したということではない。独創的なアイデアを持った人物からヒントを得て完成させた」のでは、と推測する。いずれにせよ、バイオリンは、徐々に形を進化させて作り上げられたという楽器ではなく、短い年月に間に一気に完成を見た、極めて異例な楽器であるのだという。
そして、現存する「最古のバイオリン」とは、というと1560年代の作品なのだそうだ。一方、絵画に描かれた最古のバイオリンはというと、北イタリアのヴェルチェッリという町の教会に「オレンジの聖母マリア」という絵画があり、そこにバイオリンに似た楽器を弾く天使が描かれている。この壁画が描かれたのは1529年で、これが、バイオリンに直接つながる楽器の最古の絵画資料であるとされている。なるほど、なるほど、これでバイオリンの謎は大分解けたぞ、と思うのは早計だ。
ここからがこの本の核心に入っていくことになる。イタリアのクレナモで活躍した天才バイオリン製作者のアントニオ・ストラディヴァリの登場である。いよいよ真打の登場ということになる。生涯に制作した楽器の数は、バイオリンだけでも1000挺(現在残っているのは600挺ほど)を超えるといわれており、このほかに、ビオラやチェロも製作し、これらは皆、現在最高の楽器と高く評価されているのである。ここからが謎の始まりとなる。ストラディヴァリが何時、誰の子として生まれたのがどうもはっきりとしない。
また、よくストラディヴァリは、アマティの弟子ということが言われているが、高橋博志氏によると「ストラディヴァリは、正式な弟子でなかったばかりか、アマティの工房にいたという記録も、何ひとつ残っていない」そうなのである。ここからが謎解きが始まるので、その全貌は同書で直接お確かめ願いたい。さらに同書の最後の章には「名バイオリニストと大作曲家をめぐるミステリー」が収められているが、ここには名バイオリニストたちのバイオリンに纏わる逸話が紹介されており、これまた興味津々。(蔵 志津久)