クラシック音楽 ブックレビュー


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2014年6月10日

◇「バロック音楽」(皆川達夫著/講談社)


書名:バロック音楽

著者:皆川達夫

発行:講談社(講談社学術文庫)

目次:はじめに
   バロック音楽との出会い 音楽とはなにか
   1.ヨーロッパ音楽の流れ
   2.バロック音楽の魅力
   3.楽器が語るバロック音楽
   4.オペラと宗教音楽 イタリアの声楽音楽
   5.新しい様式を求めて イタリアの器楽音楽
   6.優雅な宮廷音楽 フランス
   7.革命と音楽の運命 イギリス・スペイン
   8.「音楽の国」の誕生 ドイツ
   9.バロック音楽の大成 バッハとヘンデル
   バロック音楽と日本人ー結びーわれわれを取り巻く音楽的状況
   あとがき
   バロック音楽史小辞典
   バロック音楽史年表
   バロック音楽史関連地図
   事項索引
   人名索引

 「バロック音楽」(皆川達夫著/講談社学術文庫)は、1972年11月に講談社現代新書として刊行されたものを原本として、2006年3月に講談社学術文庫として新たに発刊された。文庫版として発刊されたことでコンパクトとなり、持ち歩くのには大変便利であるうえ、その内容は、これ1冊でバロック音楽のことなら何でも載っており、読み終えた際には、バロック音楽の世界が俯瞰できるように構成されている。付録(?)の「バロック音楽史小辞典」「バロック音楽史年表」「バロック音楽史関連地図」「事項索引」「人名索引」のいずれもが簡潔に、しかも重要な点は漏らさず網羅されているので、これだけでも一つのバロック音楽辞書として発刊できるのでは、と感じられるほど。バロック音楽の書籍はいうに及ばず、CDやFM放送により、現在、バロック音楽を自由に聴くことができる時代が到来しており、我々は恵まれた環境にあると言ってもいいであろう。しかし、バロック音楽のことを、どのくらい正確に把握しているかというと、どうも怪しいことになってくる。しかし、勉強しようにも内容があまりに専門的で難解な書籍では、なかなか読みこなせない。そんな人には、この書は打って付けだ。バロック音楽が分かりやすく、懇切丁寧に解説されているからである。

 一般のバロック音楽解説書が、いきなりバロック音楽から始まるのに対し、この書は、「1.ヨーロッパ音楽の流れ」として「バロック以前の音楽」「バロック音楽以後の音楽」から始まるので、まずは西洋音楽の大まかな流れを掴み、バロック音楽の話に入る前の準備運動ができるので大いに助かる。この辺の配慮は、著者が単にバロック音楽の知識を解説するだけではなく、バロック音楽の愛好者を増やしたいという熱意のようなものがその背後に感じ取れる。著者は、「バロック音楽との出会い」の中で「現在の幅広いバロック音楽の愛好者の存在を説明しうる最大の理由は、バロック音楽が一切の先入観や観念を必要とせず、虚心に音の美しさにひたりきらせる純粋さと楽しさとを蔵していることであろう。それは純粋であるだけに、聞く者の心に応じた多様性の接近が可能である。ジャズを愛好する人々の中にも、少なからずバロック・ファンが存在し、バロック音楽のジャズ化さえ行われているありさまである。現代の生活に疲れた心は、バロック音楽の純粋な音の流動な中に、憩いと癒しを見出しているいえようか」と書いているが、「私もそう思う」と思わず共感したくなる。この書は、「何故今、バロック音楽なのか」についての回答の書であるのかもしれない。

 西洋音楽を勉強する時に、バロック音楽は欠かせない要件だ。バロック音楽と聞くと、何か古めかしい音楽ということだけが頭にこびり付いていると、バロック音楽のホントの姿を見失いがちになる。著者は、「バロック芸術は劇の原理が支配する芸術であり、運動と変化とを追求する芸術である。音楽においてもまた同様であった。大バッハの『マタイ受難曲』は、おそらく人類が作りえた最大の劇音楽ー音楽で表現された最高の劇ではないであろうか。聞く者を最後まで引き付け、引きまわしてゆくあの不思議な説得力は、バッハならではのものであり、またバロック芸術ならのものである。・・・ある見方をすれば、音楽とは本来バロック的な芸術であり、その意味ではバロックとは一定の年代や時代に関わりなく、また洋の東西を問わず、つねに音楽のあり方、芸術のあり方、そして文明のあり方に関わりあうものといえなくもない」と指摘する。つまり、バロック音楽は、ただ古いものなどでなく、時代を越え、国境を越えた普遍性を持った芸術なのだという。バロックとは、“ゆがんだ真珠”の意味を持つが、当時の人にとっても、そのダイナミックな動きは、驚きを持って迎えられようだ。そして、今、アジアの一島国の我々日本人にも多くの愛好者を持つバロック音楽は、21世紀の音楽として、今後も力強く生き続けようとしている。

 同書では、国別のバロック音楽の発展の動きを詳細に解説している。我々日本人は、よく西洋文化を考える場合、ヨーロッパ全域に共通する何かを見出そうとする。しかし、アジアを見ても分かる通り、西洋文化を一様に眺めようとしても、個々の国の状況を把握しなければ、全体像は到底分からない。その点、同書では、「オペラと宗教音楽 イタリアの声楽音楽」「新しい様式を求めて イタリアの器楽音楽」「優雅な宮廷音楽 フランス」「革命と音楽の運命 イギリス・スペイン」「『音楽の国』の誕生 ドイツ」「バロック音楽の大成 バッハとヘンデル」のタイトル通り、それぞれの国で活躍した作曲家一人一人の足跡を辿りながら、その国におけるバロック音楽の特徴を浮き彫りにする。ここまで読み進めると、自然にバロック音楽の基礎知識を身に着けることができそうだ。さらにその後には「バロック音楽と日本人~結び~われわれを取り巻く音楽的状況」というタイトルが飛び込んでくる。筆者は、ヨーロッパ各国ごとのバロック音楽の解説で終わらず、日本とバロック音楽との結び付きにも言及する。西洋音楽が日本に入って来状況の解説に加え、筆者は、現在の日本の音楽状況に厳しい指摘をする。「今日なお、日本においては、クラシック音楽は文化の片隅の好事家の業である。音楽を除いて一国の文化は存在しえないという、欧米ではしごく当然の認識が日本では、まだ確立されていない」と今日の日本の状況に警鐘を鳴らしている。(蔵 志津久)

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