2010年11月13日
ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番「悲愴」
ピアノソナタ第14番「月光」
ピアノソナタ第15番「田園」
ピアノソナタ第24番「テレーゼ」
ピアノ:ウィルヘルム・ケンプ
CD:エコー・インダストリー CC‐1005
ウィルヘルム・ケンプ(1895年―1991年)は、私が最も尊敬するピアニストだ。実に誠実にピアノにたち向かい、少しも奇をてらうところがなく、淡々と弾きこなす。そして、とても内容の深い、その精神性が聴くものを圧倒する。ドイツのピアノ演奏の伝統を身に付けた演奏スタイルは、実に堂々としていて、一瞬の隙も見せない。だからといって、コチコチで堅苦しいといった印象は薄いのだ。むしろ人間味のある、まろやかな音質はとても親しみやすいし、聴いていて疲れることはない。何よりも、音質的には澄んだピュアな響きが何とも印象的で、安定感もある。聴いていて、これこそドイツのピアノ演奏の真髄だという感じがするのだ。今、ケンプのような温かみのあるピアノを弾くピアニストは、ほんとに少なくなってしまった。
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2010年11月13日
ベートーヴェン:ピアノソナタ全集
ピアノ:クラウディオ・アラウ
CD:PHILIPS 426 761?2
クラウディオ・アラウは安定した技量に加え中道を行く姿勢が、聴く者に安心感と何かやすらぎを与えるところがいい。この特徴が最大限に発揮しているのがベートーヴェンのピアノソナタ全集であろう。堂々とした弾きっぷりに惚れ惚れしてしまうのと同時に、これこそ本来のベートーヴェンだと誰をも納得させてしまいそうなところがすごい。誇張とかもったいぶることもない、実に淡々とした演奏だ。私はこのような特徴は好ましいものに感じられるが、何か物足りなさを感じる人もいるであろう。でも、エクセントリックなベートーヴェンより、クラウディオ・アラウの弾く正攻法のベートーヴェンの方が、好ましいと感じる人の方が多いと思う。
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2010年11月13日
フォーレ:ピアノ四重奏曲第1番/第2番
ピアノ:マルグリット・ロン
パスキエ弦楽三重奏団(第1番)/ジャック・ティボー(バイオリン)、モーリス・ヴィュー(ビオラ)、ピエール・フルニエ(チェロ)(第2番)
CD:東芝EMI CE30 5408
LP盤はレコード針が擦り切れるほど聴いてきたが、これは“世紀の巨匠たち”と銘打たれたCDのシリーズものの歴史的名盤の1枚。このCDの存在意義はピアノがマルグリット・ロン というところにある。その優雅でいて芯の一本通ったようなピアノ演奏は他の追随を許さない魅力に溢れている。第1番はパスキエ三重奏団との共演で、ピアノと弦楽器の渾然一体となった響きが素晴らしい。音も第2番に比べ聴きやすく、十分に鑑賞に耐えられるレベルだ。第2番は演奏者の個人技の発揮のし合いといった趣がある。特にティボーとロンの互いにキャッチボールを楽しむかのような演奏は、さすが名人技として聴き惚れてしまう。“ロン=ティボーコンクール”の名で有名な二人だが、互いにの演奏そのものを認め合っていたことを理解できるのが、このCDだということができる。
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2010年11月13日
バッハ:パルティータ第1番
衆讃前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」(ブゾーニ編)
衆讃前奏曲「イエスよ、わたしは主の名を呼ぶ」(ブゾーニ編)
教会カンタータ第147番より「主よ、人の望みの喜びよ」(ヘス編)
シチリアーナ<フルートソナタ第2番より>(ケンプ編)
D.スカルラッティ:ソナタL.23/ソナタL.413“パストラーレ”
モーツアルト:ピアノソナタ第8番
ピアノ:ディヌ・リパッティ
CD:東芝EMI CC33-3520
ディヌ・リパッティ(1917―1950)は、過去から現在に至るまで比肩するピアニストは一人もいないし、これからも現れないと思うほど、私にとっては特別の存在のピアニストだ。その演奏は、あらゆる人間の雑念から解放され、ただひたすら純粋な音楽の持つ響きに身を委ね、聴くものすべてに、崇高といえるほどの音楽の高みに導いてくれる。しかし、そのピアノの響きは決して冷たくはなく、何か人懐っこい、温かみに包まれてるいるので、何回聴いても飽きることはなく、聴くたびにピアノ演奏とは何かを教えてくれる。そんなディヌ・リパッティが残したピアノ録音の中でも、リパッティらしさが存分に発揮されている演奏を1枚のCDにぎゅっと収めたのが、今回の“J.Sバッハ/スカルラッティ&モーツアルト”と銘打たれたものだ。言わばリパッティの録音の中の最高の贈り物といった趣がする。バッハのパルティータ第1番の出だしからして、他のどんなピアニストの追随を許さない。背筋がぴーっと張ったような適度の緊張感を背景に、中庸をえたテンポのピアノ演奏が鍵盤から泉のようにごく自然に溢れ出す。
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2010年11月13日
フランソワ・イン・ジャパン(ショパン:ポロネーズ/シューマン:子供の情景他)
ピアノ:サンソン・フランソワ
CD:東芝EMI(ミュージカル ノート)23MN 1007
このCDはサンソン・フランソワ(1924年―1970年)が日本に来たとき(1967年)に東芝EMIのスタジオで録音された貴重なものである。ここでのフランソワの演奏は、何かいつものフランソワとは違い、とても上機嫌というか、明るい雰囲気に包まれたものとなっている。私はフランソワの生の演奏を1回聴いたことがある。上野の文化会館で行われたが、その入り口に「演奏者の都合により曲目が変更されています」と大きく書かれていたのを思い出す。フランソアなら十分にありえる話だ。フランソワの一般の録音は、音がぼんやりしている。これはフランソワの要求なのかどうなのかは分からないが、残念ながらそうである。これに対して、この日本での録音だけは鮮明なピアノタッチまで録音され、ピアノの弦がしなうところまで聴きとれ、フランソワファンにとっては忘れられない大切な1枚である。今はもうあの“フランソワ節”を生で聴けないと思うと、サンソン・フランソワのファンの一人としては悲しい気分になる。
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2010年11月13日
ブラームス:4つのバラード 作品10/2つのラプソディ 作品79/間奏曲集
ピアノ:グレン・グールド
CD:ソニーレコード SRCR 2072
グレン・グールドはよくクラシック音楽界の異端児といわれる。晩年にはコンサートを行わず、レコード録音のみを行ったという。人とのかかわりを絶ったところで音づくりを行う。これは彼が求めていたものの最後に行き着いた終着点であったのであろう。録音された曲目も通常の選曲とは少々異なることが多い。そんな前提で今回のCDを聴いてみると、びっくり仰天をする。何とも人懐っこい雰囲気をかもし出しており、温かみさえ覚える。そこには異端児のグレン・グールドではなく、常識人のグレン・グールドが居るのである。このCDに収められたブラームスのピアノ曲は通好みで、ポピュラーな曲ではない。それにもかかわらず、グレン・グールドが弾くと何か前に聴いた事のある懐かしい曲に聴こえ、思わず聞き惚れてしまう。グレン・グールドは決して異端児なんかではない、スケールの大きいピアニスト、これが私の結論だ。
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2010年11月13日
バッハ:パルティータ全曲
ピアノ:ワルター・ギーゼキング
CD:独グラモフォン POCG 98412
ギーゼキング(1895―1956年)は私にとって、かけがえのないピアニストであり神様のような存在だ。ギーゼキング以降、ギーゼキングを超えるピアニストはいまだ出ていないと私は固く信じている。何故かというと、弾き出す音そのものが一音一音宝石のように輝いているいるうえに、形づくられる音楽がけっしてぶれない。それでいて形式に押し込められることなく、音楽が泉のごとく湧き出してくる感覚がなんとも素晴らしい。ピアノをドラマチックに弾きこなす名ピアニストは多い。しかし、ギーゼキングのようにぶれずに(新即物主義)、それでいてその曲の本質を引き出せるピアニストは稀だ。このCDはギーゼキングが54歳のときに録音された放送テープによる貴重なものである。
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