クラシック音楽 ブックレビュー


2012年9月26日

◇「ピアノはなぜ黒いのか」(斎藤信哉著/幻冬舎新書)

書名:ピアノはなぜ黒いのか

著者:斎藤信哉

発行:幻冬舎

目次:第1章 ピアノはなぜ黒いのか
    第2章 世界一ピアノをつくっている国
    第3章 こんなに大きな音は必要か
    第4章 日本のピアノづくり100年
    第5章 ヨーロッパのピアノの魅力
    第6章 ピアノを調律するということ
    第7章 ホームコンサートをしてみよう

 ピアノは、ヴァイオリンと並びクラシック音楽を象徴する楽器として親しまれている。しかし、あまりにも身近にある楽器であるが故に、一般の人は、意外にピアノの基礎知識がないことに気づく。そんな状況の下でこの「ピアノはなぜ黒いのか」(斎藤信哉著/幻冬舎新書)を手に取り、タイトルである「ピアノはなぜ黒いのか」を眺めてみると、一瞬ぎくっとなるのである。「なぜ黒いのか言ってみろ」と言われたって、「ピアノの色は昔から黒いから、今でも黒いのが当たり前」ととしか言いようがないである。この本は、読む前からタイトルだけで“筆者の勝”といった趣がある本であり、後はただただ、その真相を知るために読み進むことになる。「ヨーロッパやアメリカ、あるいはそれ以外のほとんどの国では、ピアノといえば木目が当たり前になっているのです。エッ、ウッソーと思う方は、インターネットなどで各国の写真をごらんください。私の言っていることが、ウソでないことがお分かりいただけるはずです」。でここまで読んで、でもおかしい。テレビで海外のコンサートを見ると、黒いピアノを使っているではないか。「木目のピアノを使った海外のコンサートなんて見たことないぞ」と反論したくなる。しかし、いくら抵抗したって無駄だ。「ステージの上の主役はあくまでピアニストです。ピアノはけっして主役ではありませんから、そのピアノが目立ってはならないから黒いピアノを使うのです」と軽くかわされてしまう。ここで私みたいな読者は、筆者に対し完全敗北を喫し、後は奴隷のごとくひたすら読み進む。

 日本に最初にピアノが持ち込まれたのは、江戸時代も終わりに近い、いまから180年ほど前の1823年(文政6年)だった。持ち込んだのはシーボルト。それは、高さ90センチほどのテーブル状の形をしており、外装は黒塗りではなく、マホガニーという木。うーん、やはり黒塗りではなかったことがこれで証明されてしまった。現物は山口県萩市にあるというから見てみたい。では、国産第1号のピアノは、いつつくられたのであろうか。ドイツ人技術者の指導の下、輸入材料を使ってつくったのが西川ピアノで1880年代の終わりごろという。純国産はというと、1900年に山葉(ヤマハ)がつくったもので、当時のお金にして1000万円もしたという。この頃の外装はというと、既に日本独自の取り組みとして黒が使われていたらしい。これは何故なのか。原因は日本の湿気を避けるため黒の漆を外装の表面に塗ったというのが、ことの真相らしい。さらに、黒の外装の方が安くつくれたことも、日本で黒のピアノが普及した理由という。逆にヨーロッパでは木目の上から黒を塗るため、黒の方が木目仕上げより高くついてしまう。

 この本を読み進めていくと、色だけでなく、ピアノのメーカーについても、素人の常識はあっさり覆されてしまう。まず、日本で「ピアノメーカーは?」と問われれば、誰もが「ヤマハ、カワイ」は答えられても、次がなかなか出てこない。ところが、この本の巻末資料として「日本のピアノブランド(機種)一覧」が8ページにわたって掲載されているが、この中に我々が聞いたこともないピアノメーカーがたくさんあることに驚かされる。現在、世界には数百のピアノメーカーと数千のピアノブランドが存在しているといわれている。しかし、その多くが消え去った結果のことだという。オーストリアのウィーンには、かつて100を超えるピアノメーカーが存在していたが、その中で現在残っているのがたった1社だけだというから驚きだ。ヨーロッパのピアノメーカーは、1台1台手づくりで作業を行うため、小規模経営のところがほとんどで、このため長くは、生き残れないのであろうか。

 そして、次なる驚きは、現在、世界で最も多くピアノを生産している国の話だ。楽器業界に通じている人は直ぐ分るかもしれないが、素人には分からない。やはり、日本かと思っていたら、中国であった。日本のピアノ生産台数は、最盛期は年間39万台であったそうであるが、現在の中国は既にそれを超え、年間40万台を突破しているという。中国は世界の工場としてGDPで日本を抜いたが、ピアノ生産でも世界一の座を獲得していたとは・・・何ともはやといった感じだ。しかし、この本では筆者の斎藤信哉氏が中国のピアノメーカーを訪問した時のレポートが掲載されており、なかなか興味深い。つまり、世界一はあくまで生産台数のことであって“質”のことではないのである。かつて、日本のピアノメーカーは、ヨーロッパを抑え、生産量世界一に輝いた時期があった。これは、日本のメーカーが木材の自動乾燥化の技術を独自に開発したからであり、ヨーロッパのピアノメーカーを質で追い抜いたということではなかった。この辺も専門家には分かって、我々部外者にはなかなか理解がいかないところだ。この本は、そんなピアノメーカーの舞台裏も垣間見させてくれる。さらに、ヨーロッパのピアノメーカー1社、1社を取り上げ、その製品の特長を解説した件は、読んでいて「なるほど、そうだったんだ」と納得がいく。(蔵 志津久)

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