クラシック音楽 ブックレビュー


2015年5月12日

◇ポホヨラの調べ~指揮者がいざなう北欧音楽の森~(新田ユリ著/五月書房)

書名:ポホヨラの調べ~指揮者がいざなう北欧音楽の森~ シベリウス&ニルセン生誕150年

著者:新田ユリ

発行:五月書房

目次:はじめに

   Ⅰ.シベリウスの7つの交響曲

    (シベリウス:交響曲第1番ホ短調/第2番ニ長調/第3番ハ長調/第4番イ短調/
     第5番変ホ長調/第6番ニ短調/第7番ハ長調)

   Ⅱ.シベリウスの主な管弦楽曲

    (シベリウス:クッレルヴォ/春の歌/レンミンカイネン/フィンランディア/
     交響詩「森の精」&「木の精」/ヴァイオリン協奏曲/
     弦楽四重奏曲「内なる声」(弦楽合奏版)/交響詩「タピオラ」)

   Ⅲ.ゲーゼからニルセンへ

    (ゲーゼ:オシアンの余韻/ニルセン:交響曲第1番/第2番「4つの気質」/
     交響曲第4番「消しがたきもの(不滅)」)

   Ⅳ.ポホヨラの調べを受け継ぐ者たち

    (クラミ:チェレミッシュ幻想曲/エングルンド:交響曲第4番「ノスタルジー」/
     ラウタヴァーラ:ペリマンニ(楽士たち)/カントゥス・アルクティクス(鳥の協奏曲)/
     ノルドグレン:左手のピアノと室内オーケストラのための協奏曲/弦楽のための交響曲)

   あとがき ポホヨラとの出会い

   ◆巻末リスト≪北欧の作曲家200人≫
    (フィンランドの作曲家48人/ノルウェーの作曲家38人/スウェーデンの作曲家49人/
     デンマークの作曲家47人/アイスランドの作曲家18人)

 近年になり、北欧の教育や文化に国民の注目が集まり、その結果、北欧の作曲家たちにも関心が向かいつつあるようである。そんな折に「ポホヨラの調べ~指揮者がいざなう北欧音楽の森~ シベリウス&ニルセン生誕150年」(新田ユリ著/五月書房)がタイミングよく発刊された。題名にある“ポホヨラ”とは、フィンランドの言語のフィン語で「北国・北のほう」を意味する言葉。同書は、シベリウス&ニルセン生誕150年に当たる、2015年に出版されたということでも記念すべき発刊となった。

 雑念を取り払い、北欧の作曲家の作品を素直に聴いてみると、日本人の感覚に非常に近いものが感じとれる。日本人は、俳句や和歌(短歌)を、ごく当たり前のこととしてとらえているが、そこには自然と人間の営みが密接に結び合っている世界が広がっている。一方、シベリウスをはじめとした北欧の作曲家の作品の多くも、そんな自然と人間の交わりを描いている。つまり、古来から持っている日本人の感覚に非常に近いものを北欧の作曲者たちは持っているのだ。

 この書の著者である新田ユリは、2014年にシベリウス協会の会長職を、ピアニストの舘野 泉から引き継ぐと同時に、現在第一線の指揮者としても活躍している。国立音楽大学卒業。桐朋学園大学ディプロマコース指揮科入学。指揮を尾高忠明、小澤征爾、秋山和慶、小松一彦各氏に師事。第40回ブザンソン国際青年指揮者コンクールファイナリスト、第9回東京国際音楽コンクール(指揮)第2位。1991年東京交響楽団を指揮してデビュー。2000年10月から1年間、文化庁芸術家在外研修員としてフィンランドに派遣され、オスモ・ヴァンスカ氏のもとラハティ交響楽団で研修。以来継続的にフィンランドはじめ北欧諸国の楽団、音楽祭に客演を続ける。現在、愛知室内オーケストラ常任指揮者、アイノラ交響楽団正指揮者。

 こんな経歴を持つ著者が、Ⅰ章とⅡ章で、シベリウスの主要作品の解説を行っている。それぞれの曲が作曲された背景に加え、一曲一曲の詳細な分析がなされているが、この書の最大の特徴は、学者や評論家では望めない、第一線の指揮者の目で曲の詳細な分析がされていることだ。このため読み進めて行くと、生き生きと曲が蘇るような感じに捉われる。それに加え筆者の北欧、中でもフィンランドの歴史についての知識が豊富に盛り込まれ、シベリウスが作曲した経緯が生き生きと描写されている点が一段と光る。

 Ⅲ章では、我々にはあまり馴染のない“北欧音楽の父”と呼ばれているゲーゼの紹介と、シベリウスと同年生まれで2015年に生誕150年を迎えたニルセンの人物像の紹介と曲の分析がなされている。Ⅳ章では、これまた我々にはあまり馴染がないクラミ、エングルンド、ラウタヴァーラ、ノルドグレンの4人の作曲家の人物像と作品紹介がなされ興味深い。この中の一人ノルドグレンは、左手のピアノと室内オーケストラのための協奏曲~小泉八雲「死体にまたがった男」より~を、舘野 泉のために作曲しており、日本ともつながりのある作曲家であることが分かる。

 さらに、圧巻なのは、巻末リスト≪北欧の作曲家200人≫として、フィンランドの作曲家48人、ノルウェーの作曲家38人、スウェーデンの作曲家49人、デンマークの作曲家47人、アイスランドの作曲家18人が68ページにわたって紹介されていること。これは北欧作曲家辞典ともいうべきもので、この部分だけを独立させた書籍としても売れるのではないかと思われるほどの力作だ。作曲家一人一人の作品と簡単な人物像の紹介が付けられ、ところどころには、「ユリメモ」と名付けられ著者のコメントも付けられている。それにしても北欧の作曲者の層の厚いことに驚かされるが、残念なことに、私が知っている作曲家があまりにも少ないことに、少々歯痒い思いがする。

 このように、巻末リストに至るまで、北欧の作曲家の人物像およびその作品を紹介してある同書であるが、北欧音楽にある程度の知識のある読者は、最初のページから順番に読み進めればいいが、北欧音楽にあまり知識がないと感じている読者は、一番最後に載っている「あとがき ポホヨラとの出会い」から読み始めることをお勧めする。ここには、筆者と北欧音楽との出会い、さらには研修の日々のことなどが12ページにわたり簡潔に述べられている。これを読み終えると、これまで北欧音楽とは少々距離を置いていると感じている読者であっても、一気に距離が近づくのではないかと思うからだ。今後、シベリウスをはじめとした北欧の作曲者の作品が、日本において数多く演奏されることを願うと同時に、筆者である新田ユリの指揮者としての活躍に注目したい。(蔵 志津久)

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