2013年3月05日
先日、CDラックを整理していたら「誰もいない海 越路吹雪」というCD(東芝EMI CA32‐1113)が偶然にも出てきた。このCDは、大分前に買ったもので、その存在も半ば忘れかけていたものだ。そして、ジャケットの写真を見ていたら、私がこのCDを買った理由が徐々に脳裏に蘇ってきた。これは、越路吹雪を聴きたくて買ったというより、当時流行った「誰もいない海」をどうしても聴きたくなって買ったものなのである。作曲は越路吹雪の夫の内藤法美、作詞は詩人の山口洋子の作品である。今また聴いてみた。ほんとうにいい曲だ。繰り返し聴いても少しも飽きない。
と、また思い出した。少し前、NHKテレビで越路吹雪と作詞家の岩谷時子の物語が紹介され、興味深く視たことを。その時、越路吹雪と岩谷時子の関係は、歌手とマネージャーの関係だったことをこのとき初めて知った。そして、番組も半ばのクライマックスに入った時、突如、作曲家の黛 敏郎が登場してびっくりしたのを覚えている。黛 敏郎(1929年―1997年)は、代表作の「涅槃交響曲」で知られる通り、戦後のクラシック音楽、現代音楽界を代表する音楽家の一人だ。また、東京藝術大学作曲科講師として後進の育成にもあたった我が国クラシック界の大御所だった人である。そんな黛 敏郎と越路吹雪の関係は?
答えはエディット・ピアフが歌った名曲「愛の賛歌」にあった。越路吹雪はこの「愛の賛歌」に惚れ込み、日本語で歌うことになり、日本語の作詞を岩谷時子に頼んだ。困った岩谷時子は、フランス留学の経験を持ち、フランスの事情に明るかった黛 敏郎からアドバイスをもらい、完成したのが日本語の「愛の賛歌」だったのである。当時、越路吹雪が歌った「愛の賛歌」は一世を風靡していたのを思い出す。
最初に書いた通り、「誰もいない海」が聴きたくて買ったCDを、今回全曲を通して聴いてみた。「誰もいない海」のほか「コンドルは飛んで行く」「ある愛の詩」「雪が降る」「オー・シャンゼリゼ」「悲しき雨音」「ケ・サラ」「明日は月の上で」「太陽は燃えている」「嘘」「トライ・トゥー・リメンバー」「もみじの手紙」の12曲である。聴いてみて一瞬息を飲んだ。何て上手いんだ。こんな歌手は滅多にお目にかかれるものではない。深い奥行きのある滑らかな音質。情熱を含んだ歌いっぷり。曲を表面的に歌うのではなく、自ら曲と一体化して、大きなスケールで歌い切っている。越路吹雪の昔からのファンには誠に申し訳ないが、私は今になって越路吹雪の凄さを知った。越路吹雪は偉大な歌手だったのだ。嘘だと思ったらどうか越路吹雪の歌を聴いてみてください。(蔵 志津久)