2012年2月10日
金子三勇士とウクライナ国立オデッサ歌劇場管弦楽団のコンサートを聴きに、東京・新宿の東京オペ ラシティに行ってきた。両方ともこれまで生で聴く機会がなかったので、半分は興味津々、半分は期待ほどでなかったらどうしよう、という一抹の不安があったのも事実である。しかし、そんな不安は一挙に 解消してしまうほどの出来栄えであったから、満足して帰路に付けたのだった。演奏曲目は全てチャイコフスキーで、アレクサンドル・ドレンスキーの指揮により大序曲「1812年」、次に金子三勇士のピアノで ピアノ協奏曲第1番、そして最後に交響曲第5番というプログラム。
満足したと言っても、最初の大序曲「1812年」だけ取ると、私にはちょっと納得いかない演奏であった。 音は立派に鳴るのではあるが、何かオーケストラのメンバーがやたらに力を入れ過ぎる。弦楽器、管楽器とも音は出ているのだけれど、何かばらばらな感じがして、しかも一本調子で馴染めない。曲の性格上、派手に演奏するのは仕方がないと思うが、逆にそうであるからこそ情感あふれる演奏を期待していたのだが・・ ・。このオーケストラの特徴なのか、あるは指揮者の好みなのか。もう、後の曲の演奏に期待するしかない と半ば諦めていたのも事実だ。
しかし、その杞憂もピアノ協奏曲第1番の演奏であっさりと解消してしまった。金子三勇士のピアノ 演奏は、如何にも若者らしい瑞々しさに溢れ、しかもテクニックは万全だ。決して気負うところがない ところが逆に将来の可能性の大きさを伺わせる演奏内容であった。普通、チャイコフスキーのピアノ 協奏曲第1番を若手のピアニストが弾くと、やたらと肩に力が入り、無理にスケールを大きく見せようとするので聴衆の方が疲れてしまう。ところが金子三勇士は全く違う。真正面からチャイコフスキーに向き合うのではあるが、変な気負いは微塵もない。普通、泥臭く聴こえるチャイコフスキーが実に美しく、しかも堂々と響くのである。何かチャイコフスキーのピアノコンチェルトの新しい側面を垣間見れた、と言っては言い過ぎなのかもしれないが、新鮮な息吹がそこにはあったのだ。
ドレンスキー&オデッサ歌劇場管も、ここでは実に的確な伴奏を演じてくれた。分厚く、豊かな弦楽器とよく通る管楽器のバランスが見事に合い、金子三勇士のピアノ演奏を盛り上げ、さらにお釣りがくるようないい演奏であった。この好調さは、最後の交響曲第5番に繋がった。東欧特有の美しい弦楽器の響きが印象的であったし、管楽器もこの交響曲の陰影をより一層引き立たせることに成功していた。これを演出したドレンスキーの指揮が的確であったからこそ、そういうことが言えるのであろう。
いずれにせよ今回のコンサートを聴いて、金子三勇士がわが国のピアノ界のホープであることを確認できたことは、私にとって大きな収穫であった。金子三勇士は、日本人の父とハンガリー人の母の下、1989年に生まれた。国立リスト音楽院で学び、現在東京音楽大学4年に在籍している。2008年、バルトーク国際ピアノコンクールに優勝し世界の注目を浴びた。また、2010年には「ホテルオークラ音楽賞」を受賞。これからは“世界の金子三勇士”として一層の飛躍を期待したいものだ。(蔵 志津久)