2010年12月18日
日本人が海外の音楽コンクールで入賞することは、そう珍しいことではなくなってきた。最近では優勝者の数も多くなってきたように思う。2009年は、辻井伸行が第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝し、国民的喝采を浴びたのは、まだ記憶に新しいところ。同じ2009年、山田和樹が第51回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝している。さらに宮田大が同じく2009年、4年に一度開催され、チェロ部門の国際音楽コンクールの最高峰と言われるパリ市主催の第9回ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールで日本人として初の優勝を果たした。そして2010年には、ジュネーブ国際音楽コンクールのピアノ部門で萩原麻未が日本人初優勝を成し遂げた。同コンクールのピアノ部門でのこれまでの第1位受賞者は、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、フリードリヒ・グルダ、マルタ・アルゲリッチなど、そうそうたるピアニストが名を連ねており、ポリーニでさえ2位に甘んじたほどレベルの高いコンクールとして知られている。
その30年も前、世界3大音楽コンクールの一つとして知られる「エリザベート王妃国際音楽コンクール」に日本人として初めて優勝という快挙を成し遂げたヴァイオリニストがいる。現在ベルギー在住のヴァイオリニストの堀米ゆず子である。何故、突然堀米ゆず子かというと、一つは私が書いているブログ「クラシックLPレコード倶楽部」に掲載するため、エリザベート王妃国際音楽コンクールに優勝した年に堀米ゆず子が録音したブラームスのヴァイオリンソナタ第1番と第3番のLPレコード(写真)を改めて聴いてみたことである。その瑞々しい感覚に今聴いてみても新鮮さを感じられるし、若々しく伸びやかな音づくり、さらに借り物でない自発性のある音楽性を聴いて、改めてエリザベート王妃国際音楽コンクール優勝者だけのことはある演奏だなとの思いを深くした。もう一つは、12月11日にBS-TBSで放映された「音楽を次の世代に・・・世界に誇る日本人バイオリニストの挑戦」を見たためである。
現在、堀米ゆず子は、ベルギーで家族とともに生活をしているが、現地でヴァイオリニストとして尊敬を集めている様子には感心した。日本人が西洋音楽の本場で居を構え、しかも、西洋音楽そのもので高い評価を受けていることに、正直「凄いことだ」と思わずにいられなかった。現在、堀米ゆず子はブリュッセル王立音楽院客員教授を務めているが、世界中から集まってくる若い演奏家が堀米ゆず子の演奏を聴き、皆が「何とか堀米先生の演奏に近づきたい」と語っていることでもこのことが裏付けられる。堀米ゆず子は、時々日本でも演奏会を行っているが、安い料金で若い人が少しでも多く生の音楽を聴けるような活動に参画していることも、この番組で紹介されていた。その堀米ゆず子の日本でのヴァイオリンの先生が江藤俊哉(1927年―2008年)だったのである。
日本のクラシック音楽の演奏家の多くは海外留学をする。サントリーホールとか東京文化会館など、一流のコンサートホールで演奏する日本人演奏家のほとんど全てが海外留学の経験者である。まあ、東洋人が西洋音楽を演奏するのであるから、本場で修業するのは、当たり前と言えば当たり前の話だが、実は堀米ゆず子は、エリザベート王妃国際音楽コンクールで優勝する前には、海外の経験はなかったのである。つまり、日本の国内でクラシック音楽の勉強をし、本場に乗り込み、いきなり優勝したのである。当時、第1次審査の堀米ゆず子の演奏を聴いて、地元ベルギーの新聞は「ここに希有の天才が現れた」という書き出しで、彼女の演奏を絶賛した。このことからも海外留学は、必ずしも一流演奏家になるための絶対条件でないことが分かる。問題は受けた教育の"質”そのものにある。テレビで堀米ゆず子は「江藤先生は怖くてしょうがなかった」と語ると同時に今あるのは江藤先生のお陰とも語っていた。海外留学はあくまで手段であり、仮に日本にいても、正しい教育を受ければ一流のクラシック音楽の演奏家は育つのだということを、この放送は教えてくれていたように思う。(蔵 志津久)