2015年4月17日
2015年4月12日(日)、杉並公会堂(東京)に、シベリウスの音楽をこよなく愛するアマチュアの演奏家によるオーケストラ「アイノラ交響楽団」の第12回定期演奏会を聴きに行った。曲目は、シベリウスのカレリア組曲と独唱と合唱付きの交響詩「クレルヴォ」である。指揮は同楽団の正指揮者である新田ユリ、メゾ・ソプラノは駒ヶ嶺ゆかり、バリトンは末吉利行、男声合唱は合唱団お江戸コラリアーず。
交響詩「クレルヴォ」は、“クレルヴォ交響曲”という愛称でも知られた、シベリウスの知る人ぞ知る的な、演奏時間が80分をこえる長大な曲である。果たしてアマチュアオーケストラがどこまで弾きこなせるのか、聴き始めるまでは疑心暗鬼的な気分があったのも事実だった。
ところが結論から言うと、少なくとも「クレルヴォ」に関する限り、アイノラ交響楽団は、プロのオーケストラと遜色ないどころか、その魂のこもった演奏ぶりは、ひょっとすると、何の特徴を持たないようなプロオーケストラであったなら、これを凌駕するのではないかとさえ感じられたほどだった。それは、当日の聴衆から発せられた複数の熱狂的なブラボーが、私の評価があながち的外れでないことを裏付けているように思う。これは、シベリウスに専門特化し、11年間磨き上げた成果なのであろう。正に“継続は力なり”である。
ところで、“アイノラ”とは一体何なのか。アイノラとは、フィンランド語で「アイノのいる場所」という意味だという。シベリウスは、最愛の夫人「アイノ」の名にちなみ、ヘルシンキ郊外にあるヤルヴェンバーという街に構えた自邸をアイノラと呼んでいたのである。そして、ここで多くの傑作か生まれている。「アイノラ」の名を戴いたアイノラ交響楽団は、シベリウスの音楽をこよなく愛するアマチュア演奏家達によって、2000年12月に設立され、シベリウスが遺した7つの交響曲はじめ、交響詩・音詩を含む数々の管弦楽作品すべての演奏を目標としている。
この「アイノラ交響楽団」は、2004年2月29日に第1回定期演奏会を開催し、今回「クレルヴォ」が演奏された2015年4月12日が第12回定期演奏会となった。このように、一人の作曲家の作品を取り上げるオーケストラは日本はおろか、世界的に見ても珍しい存在ではあるまいか。団員一人一人がシベリウスの音楽をこよなく愛すること人後に落ちないことが、楽団の継続に繋がっていることは明らかだろう。それに加え同楽団の正指揮者である新田ユリの存在も小さくないようだ。当日の同楽団と新田ユリの気の合った演奏を聴けば容易に想像がつく。
新田ユリは、国立音楽大学卒業。桐朋学園大学ディプロマコース指揮科入学。指揮を尾高忠明、小澤征爾、秋山和慶、小松一彦各氏に師事。1990年第40回ブザンソン国際青年指揮者コンクールのファイナリスト。1991年東京国際音楽コンクール指揮部門第2位。同年に東京交響楽団を指揮してデビュー。2000年10月~2001年10月文化庁芸術家在外研修員としてフィンランドに派遣され、音楽監督オスモ・ヴァンスカ氏のもとラハティ交響楽団で研修。フィンランド国立歌劇場とサヴォンリンナ音楽祭においても、オスモ・ヴァンスカ氏のアシスタントを務める。
そして、国立音楽大学、桐朋学園、相愛大学、同志社女子大学にて後進の指導に当る一方、2014年日本シベリウス協会会長に就任した。さらに2015年愛知室内オーケストラの常任指揮者に就任。現在、日本とフィンランドの両国を拠点に活躍している。これらの経歴を見ると、「アイノラ交響楽団」の正指揮者としてこれほどふさわしい人物は他になかろう。さらにこのほど、シベリウス&ニルセン生誕150年を記念して、シベリウスと北欧の作曲家の作品を紹介した「ポポヨラの調べ~指揮者がいざなう北欧音楽の森~」(新田ユリ著、五月書房)を上梓した。
話を演奏会当日に戻そう。最初の曲目は、シベリウスのカレリア組曲。演奏内容は、少々音にばらつきが感じられたが、全体に高揚感があり無難にまとめた演奏であった。アマチュアオーケストラは、プロに比べ練習量は少ないであろうから、最初の曲をどう乗り切るかがポイントとなろう。
そして次が本日のメインの曲の「クレルヴォ」である。この曲は、シベリウスがフィンランドの民族叙事詩「カレワラ」を基に書いた、管弦楽、独唱、合唱による一大交響的叙事詩とも言える曲である。話の内容は、クレルヴォの悲劇の一生を描いている。クレルヴォは、若い娘を誘惑し籠絡する。2人は互いの身の上を語り、初めて生き別れの兄妹であったことを知る。妹は川へ入水し、クレルヴォも自殺を考えるが母に制止され、代わってウンタモの一族を滅ぼして家を焼き払う。クレルヴォは罪の呵責に耐えきれず、自らの体に刀を突き刺して死ぬ。
「クレルヴォ」は、全5楽章からなる曲だが、実に雄大で力強い曲想を持つ。マーラーやブルックナーを思い出させる部分や、ワーグナー風の部分もあり、ちょっとR.シュトラウスのティル・オイレンシュピーゲルも想起させる曲だ。この日の演奏は、終楽章に向かうに従って新田ユリの指揮と楽団員が一体化し、実に密度が濃い演奏に仕上がった。
この「クレルヴォ」は、とても録音では取り込めないほど迫力ある分厚い音響感のある曲だが、この日の演奏は、存分にそれらに応えた演奏内容だったと言っていい。さらに、アンコールに応えて演奏された、シベリウスの「フィンランディア」(合唱団お江戸コラリアーずの合唱付き)と「アンダンテ・フェスティーヴォ」の出来も絶品であった。「アイノラ交響楽団」のシベリウスのへの敬愛のこもった演奏は、プロのオーケストラにも比肩し得るレベルにあると私には聴こえた。(蔵 志津久)