クラシック音楽 音楽の泉


2016年5月25日

☆神奈川フィルと名古屋フィルの二つのオーケストラ総勢134人によって蘇るショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」


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 神奈川フィルハーモニー管弦楽団と名古屋フィルハーモニー交響楽団の二つのオーケストラの総勢134人による演奏会が、6月24日(土)、神奈川フィル常任指揮者であり、今注目の川瀬賢太郎の指揮で、ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」などが演奏される。「レニングラード」は、ショスタコーヴィチが3か月の間に80万人が犠牲者となったといわれる“レニングラード攻防戦”のさなかに書かれた交響曲で、今回のような大編成のオーケストラによって演奏されると、その効果は倍増され、今から各方面の注目を集めている。

 ショスタコーヴィチ:交響曲第7番は、第二次世界大戦のさなか、ナチス・ドイツ軍に包囲(レニングラード包囲戦)されたレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)市内で作曲された。ショスタコーヴィチは、「プラウダ」紙上に「私は自分の第七交響曲を我々のファシズムに対する戦いと我々の宿命的勝利、そして我が故郷レニングラードに捧げる」と書いたことから「レニングラード」という通称が付けられている。現在、ショスタコーヴィチはこの作品において、ナチス・ドイツのみならずソ連政府の暴力をも告発しているのだ、という説が有力になりつつある。そのため、最近では再評価の動きが高まりつつある。

 今回、二つのオーケストラの総勢134人の大編成のオーケストラにより「レニングラード」が演奏されることによって、“レニングラード攻防戦”の最中にあって作曲した、ショスタコーヴィチが真に訴えたかったことが、鮮明に再現されることが予想される。ちなみに当日のオーケストラの楽器編成は次の通り。ピッコロ1、フルート2(アルトフルート1)、オーボエ2、イングリッシュホルン1、クラリネット2、Es(高音)クラリネット1、バスクラリネット1、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ1、(第2グループまたはバンダ)ホルン4、ティンパニー、トライアングル、タンブリン、小太鼓、シンバル、大太鼓、タムタム、シロフォン(木琴)、ハープ2、ピアノ、弦楽5部。

 指揮の川瀬賢太郎(1984年生まれ)は、東京都出身。2006年、若手指揮者の登竜門として知られる「東京国際音楽コンクール」で1位なしの2位(最高位)に入賞し、一躍注目を浴びる。2007年、東京音楽大学音楽学部音楽学科作曲指揮専攻(指揮)を卒業。各地のオーケストラより招きを受け、2008年と2011年にイル・ド・フランス国立オーケストラと共演するなど、海外での活動も数多い。現在、名古屋フィルハーモニー交響楽団指揮者、神奈川フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者などを務めている。現在、名古屋フィルハーモニー交響楽団指揮者、2014年より神奈川フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者に就任。2015年細川俊夫作曲オペラ「リアの物語」を広島にて指揮、喝采を浴びるなど、細川俊夫の作品の指揮者としても知られる。2015年「渡邉暁雄音楽基金」音楽賞、第64回神奈川文化賞未来賞、2016年第14回齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞。さらに2016年第26回出光音楽賞を受賞した。(蔵 志津久)

【特別演奏会 名古屋フィル+神奈川フィル スペシャル・ジョイント・コンサート】

モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」

ピアノ:菊池洋子

指揮:川瀬賢太郎(神奈川フィル常任指揮者)

管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団+名古屋フィルハーモニー交響楽団

会場:横浜みなとみらいホール

日時:2016年6月25日(土曜日)  午後2時

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2016年5月11日

☆日本人として初めてグラミー賞にノミネートされた冨田勲が遺した一枚のLPレコード 


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 作曲家でシンセサイザー奏者の冨田 勲が5月5日に亡くなった。

 冨田 勲は、慶應義塾大学文学部在学中に作曲家として活動を始め、NHKや民放の音楽を担当した。初期のころには、作曲家として活動する一方、新たに出現してきた電子機器と古典的な楽器とを融合させるなど、様々な音楽の可能性を追求し始めた。

 1969年にシンセサイザーと出会ったことが、冨田 勲のその後の音楽活動を大きく変えるこにとなる。つまり、シンセサイザーを使い、古典的名曲を現代的な解釈を付け加えて発表するという活動が中心となって行くわけである。

 この結果、1974年には「月の光 – ドビッシーによるメルヘンの世界」が、日本人として初めてグラミー賞にノミネートされると同時に、全米レコード販売者協会の1974年最優秀クラシカル・レコードにも選ばれた。さらに、次作の「展覧会の絵」はビルボード・キャッシュボックスの全米クラシックチャートの第1位を獲得し、1975年全米レコード販売者協会の最優秀レコードを2年連続受賞することになる。

 さらに、1975年度の日本レコード大賞・企画賞を受賞。次作の「火の鳥」はビルボード全米クラシックチャート第5位、さらにその次作の「惑星」もビルボード全米クラシック部門で第1位にランキングされた。

 「バミューダ・トライアングル」では、発売翌年のグラミー賞で 2回目、1983年のアルバム「大峡谷」では3回目のグラミー賞のノミネートを受けた。以降「バッハ・ファンタジー」(1996年)まで、冨田 勳のアルバムはいずれも世界的なヒットを記録し、「イサオ・トミタ」は世界的名声を得ることになる。

 ここに冨田 勲の一枚のLPレコード「VOYAGE(ヴォヤージュ:航海)」がある。これは、ファースト・アルバム「月の光」に始まり、「展覧会の絵」「火の鳥」「惑星」「宇宙幻想」」「バーミューダ・トライアングル」「ダフニスとクロエ」と立て続けに世界的規模でのグレイテスト・ヒットを放ってきた冨田 勲の偉大な軌跡を鳥瞰するために特に編まれたアルバムなのだ。

 それまでのアルバムから収録してあるLPレコードなのではあるが、単なる曲の寄せ集めではなく、一つの物語を構成してある。それが「VOYAGE(ヴォヤージュ:航海)」という意味なのだ。出発点は、我らの母なる地球であり、行先は宇宙の彼方からメルヘンの世界にまで及ぶ、壮大極まりない規模のコースである。       合掌 (蔵 志津久)    

【A面】

1.出発(冨田)
2.ソラリスの海(バッハ~冨田)⑤
3.パシフィック231(オネゲル)⑤
4.亜麻色の髪の乙女(ドビュッシー)①
5.バーバ・ヤーガの小屋(ムソルギスキー:「展覧会の絵」より)②
6.卵のからをつけたヒナの踊り(ムソルギスキー:「展覧会の絵」より)②
7.シベリアのツングースに激突したことのあるまばゆく光る円筒形の物体(プロコフィエフ:交響曲第6番第1楽章~冨田)
8.答えのない質問(アイヴス)⑤

【B面】

1.夢(ドビュッシー)①
2.パスピエ(ドビュッシー)①
3.沈める寺(ドビュッシー)①
4.ボレロ(ラヴェル)⑦
5.フィナーレ(ストラヴィンスキー:「火の鳥」より)③
6.シンコペーテッド・オクロック(アンダーソン~梅垣~冨田)

<収録アルバム名>

①「月の光」
②「展覧会の絵」
③「火の鳥」
④「惑星」
⑤「宇宙幻想」
⑥「バーミューダ・トライアングル」
⑦「ダフニスとクロエ」

シンセサイザー:冨田 勲

LP:RVC RCL―8044

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2016年3月27日

◇東日本大震災を機に結成された東北の青年・子供オーケストラが相次ぎ成果


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 東日本大震災を機に結成された東北の青年・子供オーケストラが大きな成果を出し始めている。「東北ユースオーケストラ」は、3月26日、坂本龍一音楽監督の下、東京で第1回演奏会を開催した。また、「福島青年管弦楽団」は、4月3日に米国ボストンでボストン交響楽団と共演する。さらに「相馬子どもオーケストラ」は、ドイツのベルリンにて、ベルリン・フィルの有志メンバーをはじめとするドイツの音楽家たちと、3月11日(ドイツ時間3月10日)ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」などを共演した。

 「東北ユースオーケストラ」は、2013年9月~10月、宮城県松島町において開催された音楽祭「Lucerne Festival(ルツェルン音楽祭) ARK NOVA 松島 2013」をきっかけに企画・編成されたオーケストラ。楽団員は東日本大震災の被災三県(岩手県・宮城県・福島県)を中心とした小学校・中学校・高等学校の子どもたちが、プログラム(演奏)ごとに楽団編成を変えながら活動している。同楽団は、子どもたちの活力が、周囲の大人や地域全体、そして東北全体に活力を与え、あたらしい未来をつくりだすことを目指し、震災を乗り越えて生まれた強くて美しい音楽を、東北から全国、そして世界へ届けて行くことが目標。音楽監督には、坂本龍一氏が就任。

 「福島青年管弦楽団」は、プロ音楽家でつくる英国の慈善団体「キーズ・オブ・チェンジ」(パノス・カラン代表)の呼び掛けで2014年に結成された。震災から5カ月後の11年8月、クラシック音楽を通じた社会貢献に取り組んでいたカラン氏の慰問演奏が切っ掛けであった。主に福島市内在住の中、高、大学生48人が団員で、演奏を通して東日本大震災と東京電力福島第一原発事故からの復興を目指す県民の元気な姿や思いを伝えている。これまで「キーズ・オブ・チェンジ」の援助で、ロンドンや東京でも演奏した。メンバーは、中学生から大学生までの46人。現在、市内の中学校などで、平日の午後9時過ぎまで練習をしているという。

 「エル・システマジャパン」は、東日本大震災で被災した子どもたちが音楽での経験を通して、自信や尊厳を回復し、自分の人生を切り開いていく「生きる力」を育むことを目的に2012年3月に設立された。「エル・システマ」は、1975年に南米ベネズエラで始まり、現在では60以上の国・地域で活動が行われている音楽教育プログラム。希望するどの子も家庭の事情にかかわりなく、楽器を奏で、歌うことができること、そして、皆で参加するオーケストラの形で学んでいくことを重視(「相馬子どもオーケストラ&コーラス」)。当初、福島県相馬市で約30人から始まった週末音楽教室も、今では150人が参加するまでに発展している。2014年5月には、2カ所目となる岩手県大槌町での活動が開始された。(蔵 志津久)

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2016年3月08日

◇アイノラ交響楽団、1回の演奏会でシベリウスの交響曲第5番の初稿版と最終稿版を演奏


アイノラ交響楽団

 アイノラ交響楽団は、第13回定期演奏会において、ベリウスの遺族より許可の下、シベリウスの交響曲第5番の1915年の初稿と1919年の最終稿を、1回の演奏会で演奏する。通常、シベリウスの交響曲第5番は、最終稿が演奏されるが、同じ演奏会で初稿も演奏されることにより、二つの版の聴き比べが可能となる、貴重な機会といえる。

 アイノラ交響楽団は、シベリウスをこよなく愛するアマチュア演奏家により、2000年12月に創設され、以後、1年に1回、定期演奏会を開催して、シベリウスの作品を演奏している。因みに、アイノラ交響楽団のアイノラとは、フィンランド語で「アイノのいる場所」という意味で、シベリウスは最愛の夫人「アイノ」の名にちなみ、ヘルシンキ郊外のヤルヴェンパーの自邸をアイノラと呼び、そこで多くの傑作を創り上げた。

 シベリウスの交響曲第5番は、1915年、シベリウスの50歳の誕生日に合わせて作曲された。少し急いでつくられたためか、初演の後、直ぐに改訂稿に着手し、翌1916年に完成。初稿では第1楽章と第2楽章に分かれていたものが、改訂稿では一つの楽章にまとめられている。そして、1919年に最終稿が完成する。

 通常、シベリウスの交響曲第5番は、この最終稿版が演奏されるが、2015年のシベリウス生誕150年を機に、初稿版が演奏される機会も多くはなってきている。しかし、1回の演奏会で、初稿版と最終稿版とが同時に演奏される機会は極めて稀。指揮は、日本シベリウス協会会長で、愛知室内オーケストラ常任指揮者を務める、アイノラ交響楽団正指揮者の新田ユリ。

 新田ユリは、自著の「ポポヨラの調べ~指揮者がいざなう北欧音楽の森~」(五月書房刊)の中で、シベリウスの交響曲第5番を次のように紹介している。「7曲の交響曲の中で比較的構成が明確で重厚な趣があるとされる『第5番』。しかし楽譜を見てみると白い部分が多い。キャンパスの使い方が上手な作曲家、シベリウス。その音の遠近法は、音符を記さずとも聞こえることがたくさんあることを教えてくれる」(蔵 志津久)

                               ◇

                      <アイノラ交響楽団 第13回定期演奏会>

シベリウス:春の歌 作品16(1894年/初稿)
        交響曲第5番変ホ長調 作品82(1915年/初稿)
        吟遊詩人 作品64
        交響曲第5番変ホ長調 作品82(1919年/最終稿)

指揮:新田ユリ

管弦楽:アイノラ交響楽団

会場:杉並公会堂大ホール(東京都杉並区)

日時:2016年4月10日(日) 14:00開演(13:15開場)

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2016年2月24日

◇国内トップ奏者によるスーパーオーケストラ「マロオケ」の東京上陸に注目!


 マロオケ

 NHK交響楽団の人気コンサートマスター、“マロ”こと篠崎史紀氏が主宰する、国内トップ奏者によるスーパーオーケストラ「Meister Art Romantiker Orchester=MARO(通称:マロオケ)」が東京で初公演を開催する。同オーケストラは、指揮者を置かずに、全員男性奏者により、極上のアンサンブルを聴かせるのが特徴。

 「マロオケ」は、2009年にマロの出身地である北九州音楽祭でデビューを果たし、以後、大分や熊本で聴衆を魅了してきた。同オーケストラは、国内オーケストラのコンサートマスター8名をはじめとして、国内オーケストラの首席級が居並ぶという超豪華メンバー。

 モットーは「音楽で真剣に遊ぼう」。このためメンバーは気の合う仲間の集まりで、肩書は関係ないという。レパートリーの基本は古典派。当時は、指揮者を置かずに、室内楽的な形態をとっており、「マロオケ」もこの精神に立ち返り、“巨大な室内楽”という主旨に拘る。

 これまで「マロオケ」は、九州に限って演奏活動を行ってきたが、2016年5月5日、サントリーホールで東京に上陸を果たす。オーケストラというと、プロオーケストラとアマチュアオーケストラに二分されるが、「マロオケ」はプロオーケストラには違いはないが、その発想の奇抜さで、日本で新たなオーケストラ文化を築こうとするもの。

 当日は、何とモーツアルトの交響曲を6曲(交響曲第25番/第36番「リンツ」/第38番「プラハ」/第39番/第40番/第41番)を一挙に演奏するという型破りなもの。「マロオケ」のこのような意欲的な試みは、既存のオーケストラでは、なかなか実現できない。今後、「マロオケ」現象が日本中に広がるのか、大いに興味が引かれるところではある。(蔵 志津久)

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2015年12月24日

◇2015年「ショパン国際ピアノコンクール」で、ヤマハ製ピアノが世界のスタインウェイと互角の勝負


 ヤマハピアノ

 NHK-BS1スペシャル「もうひとつのショパンコンクール~ピアノ調律師たちの闘い~」が12月23日(水)午後9~午後10時50分に放送されたが、内容がかなり興味深い番組であった。

 「ショパン国際ピアノコンクール」は、5年に1度、若手ピアニストがしのぎを削る、スターへの登竜門のコンクールとして知られる。2015年は、韓国のチョ・ソンジンが優勝し、ベトナムのダン・タイ・ソン(1980年)、中国のユンディ・リ(2000年)に続き、アジアで3人目の快挙を成し遂げた。

 実は、この裏で、ピアノメーカーとその調律師たちが繰り広げる闘いも熾烈を極めていたことが、この番組を通して、ひしひしと伝わってきた。2015年の「ショパン国際ピアノコンクール」では、ピアニストは、米・独のスタインウェイ、日本のヤマハ、日本のカワイ、それにイタリアのファツィオリの4つのメーカーのピアノを、選考会ごとに選んでコンクールに臨むことになっている。

 ここで調律師たちが、自分のメーカーのピアノを如何にピアニストたちに気に入ってもらえるかの調律作業を深夜に行う。実は、今回のコンクールでは大半が日本人の調律師たちであった。これは、ヤマハとカワイは日本人の調律師で当たり前なうえ、イタリアのファツィオリの調律を担当したのが日本人の越智晃氏だったからだ。

 ファイナル(最終選考会)では、10人のピアニスト(ファイナリスト)によって争われるが、ファイナリストがどのピアノを選ぶかは、ピアノメーカーにとっての国際コンクールともいえるものとなる。何と2015年のファイナリストが選んだピアノメーカーは、最初、7人がヤマハ、3人がスタインウェイと、日本のヤマハが世界一を誇るスタインウェイを圧倒的に凌駕するという快挙を成し遂げたのだ。

 その後、2人がスタインウェイに鞍替えしたので、最終的には、ヤマハとスタインウェイにが5人ずつとなったが、日本のピアノメーカーが世界のスタインウェイと互角の勝負となったことは、やはり快挙と言うべきであろう。

 そして、最後の勝負は、ピアニストとっては優勝であるが、その優勝者がどのメーカーのピアノで優勝したかがピアノメーカーの勝負となる。果たして、ヤマハはスタインウェイに勝てるのか。結果は、韓国のチョ・ソンジンが優勝し、スタインウェイに軍配が上がった。

 2015年は、日本人のノーベル賞受賞、ホンダと三菱の国産ジェット旅客機の初飛行、ラグビーやアイススケートでの日本人の活躍が華々しく報道されたが、その陰で、日本のピアノメーカーのヤマハが世界のスタインウェイと互角の勝負をしたという快挙が、この番組を通じて初めて日本に伝えられた意義は大きい。

(蔵 志津久)

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2015年12月23日

◇LPレコードで聴くポップス・オーケストラ   ボストン・ポップス・オーケストラ①


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悲しき天使            作曲:ジーン・ラスキン/編曲:リチャード・ヘイマン
酒とバラの日々         作曲ヘンリー・マンシーニ/編曲:リチャード・ヘイマン
月の光               作曲:クロード・ドビュッシー
セプテンバー・ソング      作曲:クルト・ワイル/編曲:ジャック・メイスン
忘れられた夢           作曲:ルロイ・アンダーソン
春の如く              作曲:リチャード・ロジャース
“ファンタスティックス”メドレー 作曲:ハーヴエイ・シュミット/編曲:リチャード・ヘィマン
    序曲
    ネヴァー・セイ・ノー
    ゼイ・ワー・ユー
    もうすぐ雨が
    想い出の9月
    メタファー(ラヴ、ユー・アー・ラヴ)
夜も昼も             作曲:コール・ポーター/編曲:P.T.ボッジ
スターダスト           作曲:ポーギー・カーマイケル/編曲:ジャック・メイスン

指揮:アーサー・フィードラー

管弦楽:ボストン・ポップス・オーケストラ

LP:ポリドール(グラモフォンレコード) MGW 5258 

 ボストン・ポップス・オーケストラは、ボストン交響管弦楽団のメンバーが母体となり、通常のコンサートがオフになる夏のシーズンなどに、ポップス・コンサートを開催している。平常と違うのは、各パートの首席奏者が抜け、次席が引き継いでポップス・コンサートを行っていること。ライト・ミュージックを中心に内外のヒット・ナンバーやクラシックの小品などを気楽にリラックスして楽しもうという、いわばイージー・リスニングの趣きをもったコンサート。歴史は長く、初めてポップス・コンサートを行なったのは(初めはプロムナードと呼称)1885年の夏。そして、このポップス・オーケストラを広くに知らしめたのが、指揮者のアーサー・フィードラー(1894年-1979年)である。フィードラーは音楽修業をウィーンとベルリンで積み、1915年にはボストン響の楽員にもなっている。1930年にボストン・ポップスの指揮者に就任。以来、1979年に亡くなるまで約40年間その地位にあった。レパートリーは非常に広く、純粋にクラシカルな音楽からヒット曲まで多岐に亘っている。

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2015年12月22日

◇LPレコードで聴くポップス・オーケストラ   ボストン・ポップス・オーケストラ②


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グリーンスリーヴスによる幻想曲        作曲:ヴォーン・ウィリアムス
ボッケリーニのメヌエット              作曲:ボッケリーニ
ラルゴ                         作曲:ヘンデル
誓いのフーガ(小フーガ)              作曲:バッハ
G線上のアリア                    作曲:バッハ

(以上、ボストン・シンフォニー・ホールにおける実況録音)

白鳥の湖~情景と小さい白鳥たちの踊り   作曲:チャイコフスキー
くるみ割り人形~こんぺい糖の精の踊り    作曲:チャイコフスキー
中国の太鼓                      作曲:クライスラー
インドの歌                       作曲:リムスキー=コルサコフ
ユモレスク~故郷の人々              作曲:ドヴォルザーク~フォスター
峠の我が家                      作曲:トラディショナル
ブラームスの子守歌                作曲:ブラームス
ソルヴェイグの歌(※)               作曲:グリーク

指揮:アーサー・フィードラー

管弦楽:ボストン・ポップス・オーケストラ

ソプラノ:アイリン・ファーレル(※)

発売:1977年

LP:RVC(RCA)RVC-1007

 ボストン・ポップス・オーケストラは、ボストン交響管弦楽団のメンバーが母体となり、通常のコンサートがオフになる夏のシーズンなどに、ポップス・コンサートを開催している。平常と違うのは、各パートの首席奏者が抜け、次席が引き継いでポップス・コンサートを行っていること。ライト・ミュージックを中心に内外のヒット・ナンバーやクラシックの小品などを気楽にリラックスして楽しもうという、いわばイージー・リスニングの趣きをもったコンサート。歴史は長く、初めてポップス・コンサートを行なったのは(初めはプロムナードと呼称)1885年の夏。そして、このポップス・オーケストラを広くに知らしめたのが、指揮者のアーサー・フィードラー(1894年-1979年)である。フィードラーは音楽修業をウィーンとベルリンで積み、1915年にはボストン響の楽員にもなっている。1930年にボストン・ポップスの指揮者に就任。以来、1979年に亡くなるまで約40年間その地位にあった。レパートリーは非常に広く、純粋にクラシカルな音楽からヒット曲まで多岐に亘っている。

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2015年12月21日

◇LPレコードで聴くポップス・オーケストラ   ボストン・ポップス・オーケストラ③


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ドリゴのセレナード(ドリゴ)
シューベルトのセレナード(シューベルト)
トセルリのセレナード(トセルリ)
夢(ドビュッシー)
アンダンテ・カンタービレ(チャイコフスキー)
愛の夢(リスト)
夜想曲(ショパン)
愛の喜び(クライスラー)
ただあこがれを知る者だけが(チャイコフスキー)
月の光(ドビュッシー)

指揮:アーサー・フィードラー

管弦楽:ボストン・ポップス・オーケストラ

LP:RVC(RCA) RVC-1004

 ボストン・ポップス・オーケストラは、ボストン交響管弦楽団のメンバーが母体となり、通常のコンサートがオフになる夏のシーズンなどに、ポップス・コンサートを開催している。平常と違うのは、各パートの首席奏者が抜け、次席が引き継いでポップス・コンサートを行っていること。ライト・ミュージックを中心に内外のヒット・ナンバーやクラシックの小品などを気楽にリラックスして楽しもうという、いわばイージー・リスニングの趣きをもったコンサート。歴史は長く、初めてポップス・コンサートを行なったのは(初めはプロムナードと呼称)1885年の夏。そして、このポップス・オーケストラを広くに知らしめたのが、指揮者のアーサー・フィードラー(1894年-1979年)である。フィードラーは音楽修業をウィーンとベルリンで積み、1915年にはボストン響の楽員にもなっている。1930年にボストン・ポップスの指揮者に就任。以来、1979年に亡くなるまで約40年間その地位にあった。レパートリーは非常に広く、純粋にクラシカルな音楽からヒット曲まで多岐に亘っている。

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2015年12月20日

◇LPレコードで聴くポップス・オーケストラ  ハリウッド・ボウル交響楽団①


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~ショパン・バイ・スターライト~

ポロネーズ第6番「英雄」
夜想曲第2番
即興曲第4番
前奏曲第7番
ワルツ第7番
ポロネーズ第3番「軍隊」
前奏曲第4番
ワルツ第6番「子犬」
練習曲第3番「別れの曲」
ワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」

指揮:カーメン・ドラゴン

管弦楽:ハリウッド・ボール交響楽団

LP:東芝EMI ECC-40192

 1950年代のアメリカ西海岸のハリウッドは、映画の都として、その黄金時代を謳歌していた。サウンド・トラックはステレオ化され、様々な映画がつくり出されていった。映画各社の音楽部長は、作曲界の巨匠たちが務め、華麗な映画音楽を提供し続けた。演奏家たちも例外でなく、全米あるいはヨーロッパから一流の奏者が集まり、ワーナー・ブラザース交響楽団、パラマウント交響楽団、ハリウッド交響楽団など、映画会社お抱えのオーケストラの一員として活躍した。そして、そんな映画のサウンド・トラック演奏だけでは飽き足らない演奏家達が、音楽監督カーメン・ドラゴンのもとに結集して創設されたのが、グレンデール交響楽団である。年10回以上の定期演奏会を開催するほどになったものの、その名は、一般にはほとんど知られることはなかった。その理由は、録音の際は、別名で録音していたからだ。CBSへはコロンビア交響楽団、RCAへはRCAビクター交響楽団、キャピタルへはハリウッド・ボウル交響楽団、キャピタル交響楽団と言った具合である。その実力の高さは、ブルーノー・ワルターが最晩年にコロンビア交響楽団と録音した名盤があることでも分かろう。ハリウッド・ボウル交響楽団の音楽監督は、一貫してカーメン・ドラゴンが務めたが、カーメン・ドラゴンの華麗な編曲が、ハリウッド・ボウル交響楽団の名を世界に知らしめることになった。

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