クラシック音楽 ニュース


バックナンバー 2012年 1月

2012年1月30日

◆フィンランドの名指揮者ベルグルンド(82歳)が死去


 フィンランドの名指揮者パーボ・ベルグルンドが、ヘルシンキで死去した。享年82歳。

 ベルグルンドは、1962年から1972年までフィンランド放送交響楽団首席指揮者として活躍。特にシベリウスのスペシャリストとして知られていた。1972年にボーンマス交響楽団首席指揮者に就任の後、1975年から1979年までヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団、1987年から1991年までストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務めていた。

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2012年1月26日

◆第13回「ホテルオークラ音楽賞」、宮田 大〔チェロ〕と萩原 麻未〔ピアノ〕が受賞


 第13回「ホテルオークラ音楽賞」は、宮田 大氏〔チェロ〕と萩原 麻未氏〔ピアノ〕の受賞が決定した。授賞式、記念演奏会は、2012年3月25日(日)、ホテルオークラ東京「ロビーコンサート25」(本館5階 メインロビー)において開催される。

 ホテルオークラ東京では、1996年より社会貢献・文化事業の一環として、将来を嘱望される有望な音楽家の育成を目的とした「ホテルオークラ音楽賞」を開催してきた。厳正なる審査の結果、第13回「ホテルオークラ音楽賞」(2011年度)の受賞者は、チェリストの宮田 大(みやた だい)氏とピアニストの萩原 麻未(はぎわら まみ)氏に決定した。

 宮田 大〔チェロ〕は、1986年 栃木県生まれ。弦楽器指導者の両親のもと、3歳よりチェロを始める。桐朋学園音楽部門特待生を受け、桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコースを首席で卒業。2009年ジュネーブ音楽院を卒業。2009年、4年に一度開催され、チェロ部門の国際音楽コンクールの最高峰と言われる第9回ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールで日本人として初の優勝という快挙を成し遂げる。2010年第20回出光音楽賞を受賞。第6回齋藤秀雄メモリアル基金賞、ドイツから方伯モリッツ・フォン・ヘッセン賞、さらに栃木県知事特別表彰を受け、とちぎ未来大使に任命される。

 萩原 麻未(ピアノ)は、1986年 広島県生まれ。5歳よりピアノを始める。広島音楽高等学校を卒業後、フランスに留学。パリ国立高等音楽院に審査員満場一致で合格。その後パリ国立高等音楽院修士課程を首席で卒業し、同年11月に行われた第65回ジュネーヴ国際コンクール〈ピアノ部門〉において、日本人として初めて優勝。2011年11月には紀尾井ホールでデビューリサイタルを行う。現在、パリ国立高等音楽院及びパリ地方音楽院室内楽科に在籍。1996、98年にフェニックス賞、メイプル賞、2001年にイタリア・フィナーレリグレ市より文化交流賞、2010年に広島市民賞ほか多数受賞。

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2012年1月25日

◆月刊「レコード芸術」の「リーダーズ・チョイス」、第1位はラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番他=ユジャ・ワン(p)アバド指揮マーラー室内oに決定


 月刊「レコード芸術」(音楽の友社刊)は、このほど毎年恒例の「リーダーズ・チョイス」アンケート集計結果のベスト20を発表した。第1位は、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番、パガニーニの主題による狂詩曲=ユジャ・ワン(p)アバド指揮マーラー室内oに決定した。(詳細は 「レコード芸術」2月号参照)

 これは、昨年購入した全ディスクの中から、1~10位までを選び投票するもの。ポイントの計算方法は、 ①1位のディスクに10点、以下10位の1点まで、1点ずつ減点した点数の合計を算出②投票者全員の持ち点 合計に対して、当該ディスクが獲得した点数のパーセンテージを割り出す③その数字を百倍し、小数点以下を切り捨てる。

 第1位(148ポイント)ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番,パガニーニの主題による狂詩曲 ユジャ・ワン(p)アバド指揮マーラー室内o

 第2位(136ポイント)「バティアシュヴィリ/時の谺」〔ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲 第1番,ペルト:鏡の中の鏡,他〕バティアシュヴィリ(vn)サロネン指揮バイエルン放送so,他

 第3位(122ポイント)「小澤征爾/奇蹟のニューヨーク・ライヴ」〔ブラームス:交響曲第1番〕  小澤征爾指揮サイトウ・キネンo

 第4位(116ポイント)ショパン:ピアノ協奏曲第1番,同第2番仲道郁代(p)有田正広指揮クラシカル・ プレイヤーズ東京

 第5位(110pポイント)マーラー:交響曲第2番《復活》ラトル指揮ベルリンpo,ベルリン放送cho, ロイヤル(S)コジェナー(Ms)

 第6位(94ポイント)ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1,2,4番,他 仲道郁代(p)P.ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマーpo

 第7位(88ポイント)ベートーヴェン/交響曲全集ティーレマン指揮ウィーンpo,ウィーン楽友協会cho, ダッシュ(S)藤村実穂子(Ms)ベチャワ(T)ツェッペンフェルト(Bs)  

 第8位(86ポイント)ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番(シェーンベルク編),シェーンベルク:映画 の一場面への伴奏音楽,他 ラトル指揮ベルリンpo

 第9位(83ポイント)「佐渡裕/ベルリン・フィル・デビューLIVE」〔ショスタコーヴィチ:交響曲第5番, 他〕佐渡裕指揮ベルリンpo,他   第10位(77ポイント)マーラー:交響曲第2番《復活》インバル指揮東京都so,二期会cho,ナーデルマ ン(S)フェルミリオン(Ms)

 第10位(77ポイント)マーラー:交響曲第2番《復活》インバル指揮東京都so,二期会cho,ナーデルマン(S)フェルミリオン(Ms)

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2012年1月20日

◆古楽演奏家のグスタフ・レオンハルトがアムステルダムで死去


  オランダ出身ののピリオド楽器による古楽演奏家のグスタフ・レオンハルトがアムステルダムで死去した。享年83歳。
 
 グスタフ・レオンハルトは、1950年にウィーンにおいてチェンバロ奏者としてデビューを果たす。バッハのチェンバロ作品を録音することによって、チェンバロ奏者およびバッハ演奏家として、その名名を広く世界に知られるようになる。また、バッハのカンタータ全集の指揮者をしたことでも知られ、「レオンハルト・バロック・アンサンブル」を率いていた。

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2012年1月20日

◆月刊「音楽の友」の「Best Concert 20」で、「パーヴォ・ヤルヴィ指揮/パリ管」が第1位に


 月刊「音楽の友」(音楽の友社刊)2月号で恒例の「Best Concert 20」が発表された。これによると、「パーヴォ・ヤルヴィ指揮/パリ管」が第1位に選ばれた(詳細は「音楽の友」2月号参照)。

 「Best Concert 20」は、2010年12月1日から2011年11月30日までの期間中、日本国内で行われたクラシック・コンサートを対象に、音楽評論家・記者35名が各10公演を選出し、それをもとにベスト20公演を選んだもの。

 第2位~第5位は、次の通り。第2位「ボローニャ歌劇場(清教徒)」、第3位「シルヴァン・カンブルラン指揮/読売日響定期(543回サントリーホール名曲シリーズ)」、第3位「ヴァレリー・ゲルギエフ指揮/マリインスキー歌劇場管(トロイアの人々)」、第5位マレイ・ペライヤ(p)。

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2012年1月12日

◆名ピアニスト、アレクシス・ワイセンベルクが1月8日死去


 ブルガリア出身の名ピアニスト、アレクシス・ワイセンベルクが1月8日死去した。享年82歳。

 ワイセンベルクのピアニストとしてのデビューは14歳。第二次世界大戦中は収容所に入れられるが、イスラエルを経て米国に逃れる。

 米国では、ジュリアード音楽院に入学。1947年にジョージ・セル指揮のニューヨーク・フィルと共演し、華しくデビュー。1956年から約10年間、演奏活動から身を引くが、1966年、奇蹟的な復活を遂げ、国際的な名声を得る。

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2012年1月10日

◆指揮者の山田和樹が日本フィルハーモニー交響楽団の正指揮者に就任


 指揮者の山田和樹が日本フィルハーモニー交響楽団の正指揮者(Principal Conductor)」就任することが決定した(2012年9月~2015年8月)。

 山田和樹は、ブザンソン国際指揮者コンクール優勝直後の2010年11月の日本フィルの横浜定期演奏会において日本フィルの主催公演に初登場した。その後、東日本大震災の
影響で来日できなくなったピエタリ・インキネンの代役として2011年4月に東京定期演奏会デビューを果たし、続く12月の東京定期演奏会では独自のプログラミングも注目を集め、大好評を博した。

 オーケストラから理想的な響を導き出すその人間性と、緻密に構築された音楽作りに楽団員も魅了されたという。日本フィルの正指揮者就任と同時に、名門、スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者への就任も決まっているなど、今全世界のオーケストラから注目が集まる日本指揮者界のホープ。

 日本フィルは、指揮者陣の中心を成す首席指揮者アレクサンドル・ラザレフ、桂冠指揮者小林研一郎、 首席客演指揮者ピエタリ・インキネンと共に、正指揮者として山田和樹氏を
迎えることとなる。

 なお、就任披露演奏会(第645回東京定期演奏会)が、山田和樹の指揮で2012年11月9日(金)午後7時/10日(土)午後2時から、サントリーホールで開催されることになっている。

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2012年1月07日

◆作曲家の林 光が死去


合唱組曲「原爆小景」などで知られる作曲家の林 光が 、1月5日に東京都内の病院で死去した。享年80歳。

林 光は、東京藝術大学作曲科に学んだ後、尾高尚忠に師事し、多くの作品を発表。特に合唱組曲「原爆小景」が有名。歌劇作品も数多く手掛け、「日本オペラの夢」(岩波書店)など著作も数多く執筆している。

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